SORDIDE SENTIMENTAL

Oblique Strategiesでのアーカイヴを始めてからもう2年も経とうとしている。1日平均1500-1700のVisitsがあるが、80%以上は国内からで、外国からはRussian Federation、Canada、Germany、Netherlands、France、Italy、Switzerland、United Kingdom、Poland、Swedenなどからも毎日少なからずアクセスがある。それがすべてOblique Strategiesを目的に訪れてくれているのではないだろうが、最近海外から懐かしい人物からメールをもらった。ひとつはフランスのルーアンに住み '80年代に " ソルディデ・センチメンタル" を設立し、スロッビング・グリッスルやジョイ・デヴィジョン、ドゥルッティ・コラムなどのレコードをリリースしていたジャン・ピエール・ターメルと、この月末には、そこからルーアン美術学校と共同製作したレコードをリリースするレニエ・ルリコレのプロダクションからで、懐かしさと同時に
ジャン・ピーエールが元気に活動を続けていることを知って、とても嬉しく思った。彼とはまた再びなにか仕事でもできればと考えている。ボクがルーアンにあるジャン・ピエール宅を訪ねたのは、'81年の6月だったから、あれからもう30年近い歳月が経っている。当時彼に美しいゴチックのフランボワイアン様式のセントーエンの大修道院の鐘楼や、ペストがヨーロッパに広がった頃の名残の骸骨の彫像が飾られていたサンマクロウのルーアン美術学校などを案内してもらったことも、ついこの間のことのように思っていたが、時の経つのは早いものだ。そして、もう1通のメールは30年前にロックマガジンを読んで下さっていた現在ニューヨークに住み、ご主人と音楽活動なさっているTakakoさんからで、ボクのブログを偶然ご覧になったのだろう " 阿木さん、生きていらっしゃったのですね。私は阿木さんが亡くなってしまったと思いこんでいました。その為に、ロックマガジンもヴァニティも無くなってしまったのだと思っていました。阿木さんは生きていた、そう思っただけで、メールをせずにはいられない思いで。生きておられてよかったです。これからのご活躍をお祈りしています。万歳!!!" というものだ。80年代中期、誰が吹聴したのか知ってはいるが、ボクがすべての過去を清算して沈黙を守り、ある意味で隠居生活に入った頃、いつの間にか社会はボクを殺し抹殺しようとしていたようだ。ブログやアーカイヴによって途絶えていた人間関係が再び繋がることは、最もボクにとっては嬉しいことかも知れない。
( 写真はルーアンのジャン・ピエールの自宅でインタヴューした " rock magazine " に掲載していたもの。左がジャン・ピエールで右がボク。少々荒くて見にくいが )


Sordide Sentimental
http://sordide-sentimental.com/

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2010年02月19日 04:34 に投稿されたエントリーのページです。

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