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MY DAILY LIFE

My Daily Life

最近会う人ごとに阿木さんは毎日なにをして過ごされてるのですかと、よく聴かれる。このブログでは、誰かのようにどこかのクラブに行って踊っただとか、なにを今夜食べただとかの、読む人にとってどうでもいい記述はなるべく避けているので、よけいそうしたボクの日常性をひとは、最も知りたがっているのかも知れない。最近は、いたって単調な日常で、起きてはPCの前に座り、過去に聴いてきたレコードを聴き直し、それらのレコードをアーティストごと
に整理し、ミュージシャンの資料や、それに関係する情報を新たに調べ直し翻訳したり、レコードジャケットをスキャナーで取り込んだり、そうした山積みになったやっかいな作業に毎日に追われていて、気がつくと外はもう明るくなっているといった具合だ。PCの前には少なくても8時間は座り続けているだろうか。その合間に休憩をと
って食事したり、テレヴィのニュースを見たりしているうちに、いつの間にか一日が終わってしまう。たまには外の空気にでも触れないと、ほんと、いつか身体を壊してしまうかも知れない。30数年に渡って聴いてきた音楽を整理していて、最もエネルギーが奪われる気がするのは、やはりロック・マガジンを発刊していた70年代後半から80年代初頭にかけてのものだろう。あの時代のレコードには、個人の感情移入を越えたところに、すべての音楽に意味や物語りがあり、言ってしまえば、現在の先端での音楽にもみられる新しい音楽のヴィジョンとコンセプトが、すべて凝縮されているといっても過言ではないから、いい加減に処理できないのだ。そしてエネルギーが奪われる気がするもうひとつの大きな要因は、そこに当時関わってくれていた人たちの残した思いのようなものが、見えるからだ。Oblique Strategiesでの再考察は、まだ1000分の1しか果たしていない。よくもまあ、それほどのレコードを聴いてきたなと、呆れてもいる。もうレコードやCDが当時のように売れる時代は2度と来ないだろう。それはなによりも、ボクら音楽ジャーナリズムに関わる人間が、80年代後半から現在までなにもしてこなかったからだ。脱意味と快楽主義の横行する時代であっても、やはり音楽を聴く行為は、そこに感情移入できればこそ、楽しさが倍増するのだ。ネットで80年代音楽の情報を調べていても、誰一人として、詳細な資料になる情報すらも、整理して記述していないことに、ある意味で失望している。ボクのアーカイヴした情報を見て、コンタクトがあるのは、" 俺はそのレコード持っていないからCDRに焼いて送ってくれませんか " というイギリスのレコードジャンキーからが最も多いというのも、当然と言えば当然かも。
( 写真は次に整理するClock DVAやJoseph Beuys、Brion Gysinのアルバム ) 。

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2009年06月03日 22:59に投稿されたエントリーのページです。

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