DOLL no.260 April 2009

昔のことは語りたくない。それが誤解されたままであっても、" いや、違うんですよ" なんて死んでも言わないと決めていた。ひとは噂話をするとき、そのひとのいいことなんて話すわけなどないし、決まって悪口を叩く。そんなクスクス笑いのお茶飲み話に付き合う必要もない、と決めていた。
しかも、検索でボクの名前をググってみても、その多くが70年代中期から80年代中期までの、編集していた" rock magazine " 時代に関する過去の情報が出てくるだけ。これには少しばかりガッカリした。まあ、それほどrock magazineは影響力があったのかと、いまは喜ぶことにしているが。去年の暮れ、滋賀近江八幡の酒游館の
西村明氏から雑誌 "Doll "の4月号に、当時のrock magazineや、KBSの番組 " Fuzz Box In " のこと、Vanity Recordsなど70年代中期から80年代中期までのボクの活動についてのインタヴューをしたいとのオファーがあった。最初は断っておいてくれと、nu thingsのスタッフに伝えたが、rock magazineの熱心な読者だったという理由と、わざわざ灰野敬二のイヴェントに顔出ししてくれたことへの誠意を感じ、了承することにしたのだが、送られてきたDoll誌の" 阿木譲とメディアミックス / ギャザーズ・ノー・モス " を手にして、西村氏は当日ボクの話したことを忠実に活字にして下さっていて色んな事実が少しは伝えられたかと有り難く思っているが、Doll誌の他の記事を読んでいて少々複雑な感情が流れた。 ( 当時、森脇美貴夫やパンク雑誌としてあったDoll誌は、ロンドン・パンクをメインに取りあげていて、森脇氏とは数回レコード会社で顔を合わせたことが
あるくらいで、親密な付き合いはなかったが ) 。パンクと言えばボクにとっては、ニューヨークのテレヴィジョン、パティ・スミス、トーキングヘッズ、リーチャード・ヘルであり、No Newyork、DNAだった。それらはやはりヴェルヴェット・アンダーグラウンドやイギー・ポップ・ストゥージズ、MC5などの文脈から派生した反知的で文学的な、キラキラ輝いているものだった。送られてきたDoll誌をみていて最も気になったのは、ニッポンのノイズやロック系のミュージシャンやリスナーにも感じるあの一種独特の " 汚れ " 感はいったい何なのだろうかと。ボクにとってロックやパンクとは最も退廃的で耽美なサイケデリック・バロキスムでもあったから。当時ロックやパンクに関わっていたミュージシャンや業界人、評論家、リスナーたちは、みんなキラキラ輝いていて美しかった。いまパンクを最も体現しているのは、ゴスロリや、ヴィヴィアン・ウェストウッドのファンションに身を包む若い女性たちだと、ボクは信じている。

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2009年03月06日 22:35 に投稿されたエントリーのページです。

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