時間というのはあっという間に過ぎて行く。だから迷ってなんていられない、限りある人生だからと、改めて思う。好きなことだけを好きなだけして、嫌になればいつでも辞めて、新たな道を選べばいい、それで人生終われば本望だと、改めて思う。人生で最も難しい迷った時期はボクにとっては40歳代の頭だった。失われた10年というあのちょうど時代が移り変わる節目の時代だった。しかし、それは自分の生き方に迷っていたのではない。時代がそうさせたのだ。でも、ここまでくればもうなんの焦りも曇りもない。走り続けるだけだ。後はどう自分の死に向き合い決着させるかだけだ。
さて、nu thingsを立ち上げてもう4年もの歳月が経っていることに、まず驚く。早いな! 正直ボクのなかでは、少々飽きがきていて、というよりボクはこうした業種は性格的に向かない。いっそnu thingsの変わりに新たにお洒落で素敵な音楽の流れている小さなカフェでも立ち上げて、nu thingsは破棄しようかとも考えている。経営的には決して赤字ではないし、出来るならいまのうちに誰かnu thingsを引き継いでくれないかなと、思い始めている。それは第1に、なによりもそろそろ新しいことに着手し始めたいからだ。人生最後の仕事として、新しい発想を持った雑誌の発刊と、1960-2010年までの全音楽史/レコードデータベースの構築、有能なアーティストの発掘/プロデュース/レーベルの立ち上げなどをしておきたいなと思い始めているが、なかなか果たせない。転職しようかと迷うほどの、つまらないサラリーマン人生歩むくらいなら、ボクと愉快で豪快な人生を歩まないか! これがnu thingsという場からのキミに対する最初で最後の問いかけだ。
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●BLACKQP'67 blackqp(as,ts),issy(tp),endo(gt),turner(org),kamiya(dr)
●TATSUMI Tetsuya(trumpet, PC)
●DJ:TAIZO (LESSON ZERO) - OOTANI Yohei - TANII Makoto - Ange (HIJAK)
昨夜の4周年パーティーには多くの人が顔見せてくださってありがとうございました。懐かしい顔と新顔、常連客、ミュージシャンたちが入り乱れて、挨拶するので大変だった。でも、始まりから終わりまで、大盛況で、午前2時頃には散会する予定が、結局朝の5時までオープンしていた。そうした楽しい空気のなかで、来て下さったお客さんみんなが踊ったり、話したり、BLACKQP'67やTatsumi Tetsuyaのライヴを聴き、都会の夜をエンジョイしている姿を見ていると、nu thingsを立ち上げてよかったなと実感しました。自分で言うのもなんだが、いいパーティーだった。とりあえずこの場を借りてお礼を言っておきます。
※わざわざ東京からnu thingsの4周年を祝ってくれるために来てくれたジャズ・トランペッターTatsumi Tetsuyaの打ち込みによるライヴ、ラップトップ・ジャズは新曲2曲と過去の曲4曲で構成されていて、来ていた外人さんたちは彼の音楽を"アメージング!"といって高く評価していた。 BLACKQP'67はNATIVEの中村智由の新しいユニットで、踊らせることを第1の目的としたパーティ・ジャズユニット。中村氏がテナーサックスを操るというのも珍しく、(また彼のニックネイムなのだろうキューピーさんのような髪型を見てご覧、彼のお茶目な一面がみてとれる) 彼らの音楽に合わせてクラウドたちは最後まで踊ることをやめず狂乱しダンスしていた。( 東京と名古屋のミュージシャンが大阪にまで来てnu thingsの4周年を祝ってくれているというのに、nu thingsに常に出演している地元のミュージシャンが顔を出してくれていたのは、ボクの知る限りでは数人だけ。これが大阪で活動しているミュージシャンたちの人間性/実態だ。そんな彼らが音楽で成功することなどまずありえないだろう。まあ、これはなにもミュージシャンに限ったことではないだろう。自分の本性や素性を隠したままのネットコミュニケーションでの匿名性と表面だけを滑って行くだけの、無理に親密さのフリをしながら、無関心を装うアンヴィバレンツな態度が反映された現代の人間模様でもあるのだろう。)