Fluorescent Baroque

Fluorescent Baroque

OPT!!!
'07 12 22 sat at jaz' room nu things
LIVE:OPTRUM
伊東篤宏(Optron) 進揚一郎(Ds)

"extreme optical noise core band"
伊東篤宏の蛍光灯の発光による放電ノイズをアンプリファイし、エアーギターを操るかの様にマニュピレートして発するノイズコアな音楽を聴いて、正直もったいないなと思った。ドラマー進揚一郎のドラミングもスキルの高いテクニックを感じたし、OPTRUMはストレートに時代遅れのフリーやインプロヴァイズという手法を使うのではなく、あらかじめもっと明確な構造を持った曲を作り、そのうえをパフォーマンスとしての即興演奏が織りなし、それに加え光と映像とが融合するSculpture Music、インスタレーション・ミュージックとしてこのポストモダンの時代を泳いだらいいのにと、そう思った。ファッション・ショーからもお呼びがかかるというOPTRUMは、現代美術としての要素のほうが大きいのだから・・・。それにしても伊東篤宏の存在感とOptronのコンセプト、仕掛け、装置は久しぶりに興味を惹かれた。アンプリファイしているサウンドは、なにもノイズやロック的じゃなくて、例えばガラスのような質感を持ったようなものとか、他のサウンドを使ってもいいんじゃないのかな。音楽が「ジャズ的なるもの」だったら言うことなかったけれど・・・。


伊東篤宏(Optron) 進揚一郎(Ds)

これはボクが個人的に感じたことではあるが、伊東篤宏と進揚一郎の音楽はいたるところにバロックの香りがして、fluorescent Baroqueとでも命名して誰もやらないコンセプチュアルなバロキスム世界を構築したらおもしろいだろうなと、彼らのステージングを観ていてそんなこと考えていた。残念だが、"インプロを通過したハードコア・パンク/ヘヴィ-・ロック的なアプローチ"なんて、ボクにはちょっと古過ぎる。

コメント ( 2 )

平野隼也 :

彼等のステージは視覚、聴覚をダイレクトかつ過剰に刺激する、「メタ現代美術」でありながらも「反現代美術」であったように思いました。

というのも「王様は裸じゃないか」と言われると瓦解してしまう脆弱なものがほとんどの現代美術、前衛美術(音楽)を破壊するパワーを持ちつつも、既知外(not キチガイ)のアートに安易に使われる言葉である現代美術としてカテゴライズされてしまっていることに対する彼等の居心地の悪さみたいなものを感じたからです。

"インプロを通過したハードコア・パンク/ヘヴィ-・ロック的なアプローチ"といった言葉上の表現はそういったものから脱却するべく意図的に使用している気もします。


劇的な流動性、過剰な装飾性を特色とするバロック様式と、鮮やかを意味するfluorescentの組み合わせは言い得て妙ですね。

阿木 譲 :

反だとかメタだとか、すべてを破壊するパワーを芸術が持ち得るかのように錯覚していたのは、先日亡くなったシュトックハウゼンではないけれど、航空機が激突した直後の炎上するワールドトレードセンタービルのあの映像をテレヴィでみるまで、だったとボクは思う。September 11, 2001 Terrorist Attacks=アメリカ同時多発テロ事件を思うと、芸術や音楽や文学などが使う反、メタなど幼児の戯言だよ。音楽は音楽であり、美術は美術だよ。たかが戯れごとだ。キミらはまだ芸術や音楽の破壊力を信じてるのかな。

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2007年12月23日 00:50 に投稿されたエントリーのページです。

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