« 2008年02月 | Main | 2008年04月 »

2008年03月 Archive

2008年03月01日

CASCADES 27

ソフト・マシーンの1st-2ndでみられるのは
ビートジェネレーションの"Upbeat!" "On The Road"の
存在論とそのリアリズムに影響を受けたヒッピーのドラッグ世界
SOFT MACHINE-1
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 27

'90年代クラブミュージック以後ドラッグ・カルチャーといえば、いまや地中海スペイン領イビサ島がその本拠地だが、ブライアン・ジョーンズが死の直前に発表したアルバム「ジュ ジューカ(Ju jouka )」('71年)での伝統的な儀式音楽は、'68年にジョーンズがモロッコのタンジールで録音したテープを加工/編集したもので、"地の果て"アルジェリアから西に、目と鼻の先にある中世イスラム都市の要塞や迷路のような街路が残された街、そのタンジールのカフェで、'60年代にジェイン・ボウルズ、ウィリアム・バロウズ、ポール・ボウルズらタンジェリノたちが談笑している「エスクワイア」誌に掲載された古い1枚の写真をみたとき、当時のビート・ジェネレーションたちのスノッブで自由なボヘミアンとしての生き方にただただ嫉妬するばかりだった。'40年後半から'50年代に、ニューヨークのアンダーグラウンド社会で生きる若者のなかのひとり、'52年にニューヨーク・タイムズ誌に掲載されていた小説家ジョン・クレロン・ホルムズのエッセイ「これがビート・ジェネレーションだ(This is the Beat Generation)」が、この言葉の発祥源だが、特にビートニクスのウィリアム・バロウズとロック・ミュージシャンの関係は、カウンターカルチャーから新しい音楽が発生するとき、必ずといっていいほど取り沙汰される。新しいところでは、クラブミュージックが表出した'90年代初期のサンプリングやリミックス(いまでこそ音楽創造の常套手段だが)の時代に。バロウズの「裸のランチ」や「ソフトマシーン」での麻薬常習者、ホモなどが織りなす支離滅裂な物語り(?)、小説そのものにそれほど興味はないが、カットアップやフォールドインの手法が、ミュージシャンが音楽を創造するときの手法に、またバロウズの小説を読んでいるうちに、無意識やサブリミナルなメッセージが顕現してくるが、ロック・ミュージックやノイズ、音響系、クラブミュージックなどの音楽を聴くときに生まれる抽象的イメージと似ているところが多く、それが最も彼の文学に惹かれた理由だ。言ってみればバロウズの小説は文学ではなく音楽なのだ。ところでソフトマシーンという本来の言葉は精神病者の肉体、あるいは器官が未発達な生まれたばかりの赤ん坊にとっての世界を意味するのだが、オーストラリア生まれの世界を放浪するヒッピー、デイヴィッド・アレンが、パリに渡った際にビート文学の巨匠、ウィリアム・バロウズと出会うことによって名付けられた。ソフト・マシーンの1st、2ndで聴かれる音楽は、バロウズというよりもビートニクスの著作にもある"Upbeat!"、"On The Road"の思想に影響を受けたヒッピー、ドラッグ・カルチャーがダイレクトに反映されたものだ。

THE SOFT MACHINE/THE SOFT MACHINE
(GTT 2041)
'68年に発表された1st.。レコーディング・メンバーはケヴィン・エアーズ(b)、ロバート・ワイアット(Dr、vo)、マイク・ラトリッジ(k)の3人。デイヴィド・アレンも結成メンバーのひとりだったが、ライヴ活動中にドラッグによる入国問題が起きてフランスから出国することができなかった。音楽的にはベートーヴェンの第九、クラシック音楽とサイケデリック・ミュージックではまるで合致しないが、当時のドラッギーな時代を支配していた空気感からか、このジャケット・デザインをみるといつもボクは、後にスタンリー・キューブリックにより映画化されたイギリスの小説家アンソニー・バージェスの「時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)」をなぜかイメージしてしまう。いま再び聴くとポップな サイケデリック・ミュージックだ。

side one:1. Hope for Happiness 2. Joy of a Toy 3. Hope for Happiness (Reprise) 4. Why Am I So Short? 5. So Boot If at All 6. A Certain Kind
side two:1. Save Yourself 2. Priscilla 3. Lullaby Letter 4. We Did It Again
5. Plus Belle Qu'une Poubelle 6. Why Are We Sleeping? 7. Box 25/4 Lid
GOLDIES 33/PROBE 1968

http://www.youtube.com/watch?v=gETYS-sNI9E&NR=1
http://www.youtube.com/watch?v=xZ8vEKKQbQ8&feature=related

THE SOFT MACHINE/VOLUME TWO
(SPB 1002)
ケヴィン・エアーズの跡をヒュー・ホッパーが埋め、新たにソプラノ/テナーサックスのブライアン・ホッパーをフィーチャーして制作した2nd。英国での事実上のデビュー作になるこのアルバムは、サイケデリック・ミュージックからフリーフォームのジャズロックに向かう過程でマイク・ラトリッジのイニシアティブが強くなりジャズ的なグルーヴが全面に聴こえ始める。ワイアットの歌からも、ジャズのコード進行をきっちり押さえたメロディーも聴こえてくる。全体が短かい17の組曲によって構成され、「Dedicated to You but You Weren't Listening」のようなクラシック・テイストの曲もあるが、フリージャズを意識した当時としては実験的な試行が感じられる作品だったのだが・・・。しかしラストの曲「10.30 Returns to The bedroom」は現在の"ジャズ的なる"耳でも充分耐えうるだけの曲が収録されている。

side one:1. Pataphysical Introduction, Pt. 1 2. Concise British Alphabet, Pt. 1 3. Hibou, Anemone and Bear 4. Concise British Alphabet, Pt. 2 5. Hulloder 6. Dada Was Here 7. Thank You Pierrot Lunaire 8. Have You Ever Bean Green? 9. Pataphysical Introduction, Pt. 2 10. Out of Tunes
side two:11. As Long as He Lies Perfectly Still 12. Dedicated to You But You Weren't Listening 13. Fire Engine Passing with Bells Clanging 14. Pig
15. Orange Skin Food 16. Door Opens and Closes 17. 10: 30 Returns to the Bedroom
PROBE 1969

※ソフト・マシーンのバイオグラフィーはWikipediaを参照してください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ソフト・マシーン

※ビート・ジェネレーション
http://ja.wikipedia.org/wiki/ビート・ジェネレーション

2008年03月02日

CASCADES 28

ジャズの文脈で語られるべきソフト・マシーンのアルバム「THIRD」「FORTH」
SOFT MACHINE-2
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 28

SOFT MACHINE/THIRD(CBS 66246)
ソフト・マシーンの音楽が初めて確立されたのは、'70年から'73年にかけてだ。それはエルトン・ディーンの存在がそうさせたのだが、「Third」「Forth」はもはやジャズの文脈で語られるもので、フュージョンの始祖の一人とも言えるウェザーリポートのジョー・ザヴィヌルが、レコーディング・セッションで参加したマイルス・デイビスの「In A Silent Way」がフュージョンの基礎となったと言われている歴史的セッションにも匹敵するものかも知れない。それはリード楽器として当時キース・ティペット・グループに在籍していたエルトン・ディーン(Alto Sax, Saxello)を起用したこと、キース・ティペット・グループのメンバー5人(ジミー・ヘイスティングズ、ラブ・スポール、ニック・エヴァンズ、リン・ドブソン)が参加していることなどが挙げられる。本来このアルバムはロックではなくジャズの地平に並べられるものだ。
8人編成になったソフト・マシーンは'70年に3枚目のアルバム『Third』を制作、このアルバムは2枚組で全4曲収録された大作。当時、イギリスよりもフランスのジャズ界で最も支持されていたソフト・マシーンだが、後にフランスで「Third」はポストモダンとしての現代的解釈を取り入れて録り直し再構築されている。ソフト・マシーンの代表的作品と言われている「Third」には、ジャズ、現代音楽、ロック、ポップスなど複数のジャンルをクロス・オーヴァーしているエクスペリメンタル精神が色濃くみられる。全体的にはスピリチュアル・ジャズとも言えるし、このアルバムに特徴的なテーマの反復、断片的フレーズのミニマル・テクニックによる催眠性は現代音楽としても解釈可能だ。初期ソフト・マシーンの顔だったロバート・ワイアットのヴォーカルは「Moon in June」1曲だけで、完璧にインストゥルメンタル・グループ化してしまった新たなソフト・マシーンの始まりを意味する作品。

side one:1.Facelift side two:2.Slightly All The Time side three:3.Moon In June side four:4.Out-Bloody-Rageous
Mike Ratledge (organ and piano) Hugh Hopper(Bass guitar) Robert Wyatt (Drums and vocal) Elton Dean(Sax and saxello) Rab Spall(Violin) Lyn Dobson(Flute ans soprano sax) Nick Evans(Trombone) Jimmy Hastings(Flute and bass clarinet)
* Facelift was recorded live at Fairfield Hall Croydon January 4th 1970 and at Mothers Club Birmingham, January 11th 1970
Engineering : Andy Knight I.B.C recording studio , Bob Woolford : concert recordings
CBS 1970

http://www.youtube.com/watch?v=51LYKbXV9SE&eurl=http://209.85.175.104/search?q=cache:knTEk67Vga4J:musictv.jp/artist/show/%2525E3%252582%2525BD%2525E3%252583
http://www.youtube.com/watch?v=ahBzZ55De8k

SOFT MACHINE/FOURTH(CBS 64280)
ネットでソフト・マシーンのことを調べていると、"歴史を紐解くと、このバンド、なかなか日本国内ではリアルタイムでは認知されていなかったらしい。ネームバリューは日本ではイマイチ、多分当時の日本のプレスが彼等の先進的な音楽性についていけなかったのだろう”と書いていたひとがいたが、それはいまだから言えることで、当時のスピードをともない目まぐるしく常に動いている情報は、静止したものはよく見えるが、運動しているものの正体までは誰も明確に看破できないのは当然だ。それに加え、当時の時代風潮そのものが、'60年代のマッシュルームカットにモッズ、フラワームーブメント、サイケデリック、'70年代のグラム、パンクなどの華やかなブリティッシュ・インヴェイジョンでの情報に偏っていて、ボクも含めてソフト・マシーンの音楽を正当に評価していたかというと、それはおおいに疑わしい。
一方、60年代のジャズシーンは次第に活気を失っていく状況にあって、新たなる活動の場所を求めてヨーロッパに移住してしまうミュージシャンも増えていた時期だった。それはビートルズやローリング・ストーンズなど白人中心のロック・ミュージック、ブリティッシュ・インヴェイジョンの波をジャズシーンももろに受けて黒人ミュージシャンさえもブルースやソウルへの傾向を強め、アート・ブレイキーやホレス・シルヴァーたちはハード・バップを、オーネット・コールマンやドン・チェリーたちはフリージャズを、コルトレーンはスピリチュアル・ジャズを、マイルス・デイヴィスは'75年以降の長いスランプ前の、8ビートのリズムとエレクトリック楽器をジャズに導入したり、ファンク色の強い、よりリズムを強調したスタイルへと進展し、フュージョンとは一線を画するハードな音楽を展開するというように、ジャズミュージシャンたちは衰退していくジャズを独自に、なんとか発展/深化させるための様々な試行錯誤を繰り返していた時代でもあった。60-70年代のジャズもまさに激動、混沌の時代だったのである。'70年に入るとソフト・マシーンはそうした時代風潮とはまるで逆を行くように、ロックから逸脱して、ますますジャズへ接近しその道を深めていった。アルバム「Fourth」は、'60年代後半のマイルス・デイビスのアルバム「Sorcerer」や「Kilimanjaro」などにみられる若干19歳の天才ドラマー、トニー・ウィリアムスと展開していた異常なまでのテンションとスリリング、暴力性。それでいてクールなインテリジェンスある実験的な試みに似て、ボクは「Fourth」を60年代のハイテンションでバリバリ吹きまくるインプロバイザー、フリーブローイング・ジャズと相関関係にあると思っている。マイク・ラトリッジ(kb)、ヒュー・ホッパー(b)、ロバート・ワイアット(ds、vo)、エルトン・ディーン(sax)によるソフト・マシーンは「THIRD」と「FOURTH」によって終焉を迎え、本格的なジャズへの道を選択する。

side one:1. Teeth 2. Kings and Queens 3. Fletcher's Blemish
side two:1. Virtually, Pt. 1 2. Virtually, Pt. 2 3. Virtually, Pt. 3 4. Virtually, Pt. 4
Hugh Hopper(bass) Mike Ratledge(organ & piano) Robert Wyatt(drums)Elton Dean(alto saxophone, saxello) Roy Babington(double bass) Mark Charig(cornet) Nick Evans(trombone) Jimmy Hastings(alto flute & bass clarinet) Alan Skidmore(tenor sax)
Recorded Autumn 1970 at Olympic Studios, London
CBS 1971

2008年03月03日

CASCADES 29

ジャズ・フュージョンはダサい 
あの上っすべりのグルーヴにはジャズ・インプロヴァイズの高揚するテンションもスリリングも感じないし黒人ジャズの分厚いグルーヴも欠損している
SOFT MACHINE-3
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 29

SOFT MACHINE/FIFTH(CBS 64806)
アラベスク・テイストのジャズ・フュージョン"All White"から始まる'72年のアルバム「FIFTH」を再び聴き直すと、この作品はECM系のユーロジャズに通じるオブスキュアで繊細なグルーヴだけが全面に出ていて、ジャズという観点からみると前作のような緊張感ある太いグルーヴは影を潜め、ジャズでも人によっては色んな解釈の仕方があることを改めて思う。
ワイアット脱退後、ドラマーにはディーンの友人、フィル・ハワードが参加するのだが、この頃から今度は先鋭的なフリー・ジャズを志向するエルトン・ディーン、フィル・ハワードと、初期ソフト・マシーンのジャズ・ロックを発展させようとするヒュー・ホッパー、マイク・ラトリッジの間に亀裂が生じ始める。その結果、ハワードはアルバム制作期間中にバンドを脱退し、フィルの穴を埋めるドラマーとしてイアン・カー率いるニュークリアスからジョン・マーシャルが加入して、なんとかアルバムは完成する。「Fourth」を紹介したラストに"ソフト・マシーンが本格的なジャズへの道を選択する"と書いたが当時ボクはほんとにそう信じていたんだ。だけど、その期待は見事に裏切られたことを思い出す。誤解をおそれず断言してしまうが、"ジャズ"というならマイク・ラトリッジのオルガン、エレクトリック・ピアノが常にメイン楽器として全面に出てくることが間違っているのだ。"ジャズ"のピアノやエレピはあくまでもコード進行を支えるためのコード楽器であり、ときには打楽器のようなリズム楽器としての役割を果たすためのものなんだ。その言葉を証明するかのように、アルバム完成時にもうひとつのメロディー楽器であるアルト・サックスのエルトン・ディーンが脱退している。上品に作られてはいるが当時ボクはこのアルバムでソフト・マシーンの音楽を見限ってしまった。

SOFT MACHINE/'SIX'ALBUM(CBS 68214)
当時、ただ惰性で買った'73年のアルバム「SIX」だが、脱退したディーンに代わってニュークリアスから加入したのがカール・ジェンキンス(Oboe, Sax, Kb)だ。彼が新しく加入したからといって、前作でのボクが抱いた悪いイメージはなにひとつ覆ることはなかった。ジェンキンスがイニシアティヴを持つようになったこのアルバムでは、前作にも増してジャズ・フュージョンのダサさが際立って、相変わらずマイク・ラトリッジのオルガン・プレイと、それに加えてジェンキンスのオーボエの音色が鼻につくようになった。このボクの思いはきっとアヴァンギャルド志向のヒュー・ホッパーも同じだったろう。やはり彼も'73年「SIX」を最後に脱退している。このアルバムではラストの「1983」の、オブスキュアでクラシカルなアイリッシュやカンタベリー独特のサウンドスケープから現代音楽的なアンビエント・ミュージックが聴けることが、唯一の救いかな。
ロックの時代もそうだったが、ジャズを聴いているいまでもジャズ・フュージョンはダサい。あの上っすべりのグルーヴには、ジャズ・インプロヴァイズの高揚するテンションもスリリングも感じないし、黒人ジャズの分厚いグルーヴも欠損しているからだ。このアルバムを最後にボクはソフト・マシーンの音楽を一切聴かなくなった。その後も、オリジナルメンバーのラトリッジだけを残し、ベーシストにダブルベースに元ニュークリアスのロイ・バビングトンと、全員元ニュークリアスのメンバーがソフト・マシーンを受け継ぎ、'73年「SEVEN」を発表するが、後で知ることになったシンセサイザー導入には絶句した。その後の彼らの動向は一切知らないが、ソフト・マシーンの頂点はアルバム「FORTH」で完全に燃焼してしまったのだ。コレクションの1枚としてこうしたアルバムもあってもいいけれど、現在、新たにカンタベリーやソフト・マシーンの音楽に関しての多くの雑誌や情報が溢れているけれど、どうか惑わされないように。ソフト・マシーンなら「FOURTH」さえあればいい。

2008年03月04日

CASCADES 30

フリージャズの 激しくパワフルなリズム 奔放に疾走するブラス
ミュージシャンの緊張が高まっていくなかのスリリングな会話
そして再び混沌の渦
ELTON DEAN
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 30

ELTON DEAN/ELTON DEAN(JUST US)(CBS 64538)
エルトン・ディーン関係の作品では'78年作「El Skid」と、'76年作ヒュー・ホッパーの「Hopper Tunity Box」くらいで、70年代後半になるとボクの意識はもうすでにニューヨーク・パンクやその他のオルタナティヴな動向に向いていて、彼の80年代以後の活動を知らない。当時こうしたフリージャズやジャズよりの音楽は、プログレッシヴやカンタベリー・ジャズを聴いていたロック・リスナーには縁遠いものだった(いまでもそうじゃないかな、そうじゃないならFinn JazzのFCQやイタリアのLTC、ニコラ・コンテなどを聴いていて当たり前だが)。30年の時間を経て、カンタベリー周辺から逸脱した当時正当に評価されもしなかったジャズのアルバムだけが、時間を超えて鮮やかに蘇ってくる。それは時代を超えてジャズが持つ普遍性にあるとしかボクも言いようがない。
'45年10月28日、ノッティンガム生まれのエルトン・ディーンは幼少時にピアノとバイオリンを学び18歳にサックスを始め、'68年"Keith Tippett Group"、'66年"ブルーソロジー"を経て'69年に"ソフト・マシーン"のメンバーとして初めて名前を連ねる。'70年「Third」、'71年「Fourth」のアルバムに関わりながら、ソロ・アルバム「Elton Dean(Just Us)」を発表。'72年「Fifth」の発表を最後に"ジャスト・アス"の活動に専念するためソフト・マシーンを脱退する。"ジャスト・アス"のメンバーは、フィル・ハワード(ds)、マーク・チャリグ(cornet)、ニック・エヴァンス(tb)、ジェフ・グリーン(b)だった。’75年に発足された新らしいバンド"ナインセンス( NINESENSE)"、'73年オランダの"SUPERSISTER"に参加するなどの変遷を経て、"ナインセンス"で'79年まで活動していた。このソロ・アルバムは、エルトン・ディーン(as,saxello,el p)、フィル・ハワード(ds) 、マーク・チャリグ(cornet)、ネヴィル・ホワイトヘッド(el b)、マイク・ラトリッジ(el p,org)、ロイ・バビングトン(b)によるロンドンのAdvision Studiosでのスタジオ・セッション、フリー・インプロヴィゼーションによって制作されている。このアルバムからはアドリブとフリーフォーム、フリージャズの 激しくパワフルなリズム、奔放に疾走するブラス、ミュージシャンの緊張が高まっていくなかのスリリングな会話、そして再び混沌の渦といった、熱気溢れるプレイが伝わってくる。唯一残念に思うのは、マイク・ラトリッジのエレピはエレクトリック・マイルスとはほど遠く、ここからもソフト・マシーンの一端が垣間見えてくる(ウーン∧^^)ことかな。ドラムとベースから生まれる血液のように脈動する安定したグルーヴのうえを、サックスやトランペットなどのブラスがブロウし、吠え、テンションの高揚したミュージシャン同士のスリリングで緊張感ある会話こそが"ジャズ”が"ジャズ"たりうる所以だ。このアルバムにプラスαとしてトランペットもフィーチャーされていたら、言うことなかったけどな。残念なことにエルトン・ディーンは2006年に逝去している。

ELTON DEAN( alto sax, sexello,electric piano) PHIL HOWARD(drums) MARK CHARIG(cornet ) NEVILLE WHITEHEAD(elec.bass )
Mike Ratledge(organ) Roy Babbington(bass) Nick Evans(trombone) Jeff Green( string bass , guitar) Louis Moholo(drums)
SIDE 1:1.Ooglenovastrome 2.Something Passed Me By
SIDE 2:1.Blind Badger 2.Neo-Caliban Grides 3.Part : The Last
produced by Elton Dean
recorded live at Advision Studios London May 1971
CBS 1971

http://www.youtube.com/watch?v=w4MoDPW3UBI
http://www.youtube.com/watch?v=c8BxVPnGkvs

2008年03月05日

CASCADES 31

エレクトリック・マイルスと相関関係があることは明らかな作品
ユーロジャズのテイストも感じられ
現在のnu jazzやFinn Jazzに最も近いジャズが展開されている
IAN CARR
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 31

IAN CARR / BELLADONNA(VERTIGO 6360 076)
'60年代後半のイアン・カーといえばフリー・ジャズのSME(スポンティニアス・ミュージック・アンサンブル)の3人であるジョン・スティーヴンス、トレヴァー・ワッツ、ジェフ・クラインらの'69年にリリースされたアルバム「SPRING BOARD」に参加していたり、ドン・レンデルと双頭のクインテットを組んで'66年には「ダスク・ファイアー」を発表していた。当時のジャズミュージシャンの交流によるエクスペリメンタル・ジャズは後のアマルガムやニュークリアスの試金石になっている。'70年にNUCLEUSはLeon ThomasのバックバンドとしてMontreux Jazz Festivalにも出演しスピリチュアル・ジャズの領域にも侵入していた。イアン・カーはマイルス・デイヴィスに関しての「Miles Davis/The Definitive Biography」、「The Rough Guide to Jazz (Rough Guide Reference Series)」など数冊の著作物を出版するなどマイルス研究家としても有名だ。
イアン・カーの'72年のソロ・アルバム「BELLADONNA」は実質上のニュークリアスの4作目と言われていて、アラン・ホールスワース、ゴードン・ベック、ロイ・バビントンらが参加し、ハードバビッシュなグルーヴが全編流れている。このアルバムをフュージョンやジャズロックと捉えている人の耳を疑う。当時のエレクトリック・マイルスと相関関係があることは明らかな作品で、ストレートに"ジャズ"だ。ユーロジャズのテイストも感じられ、現在のnu jazzやFinn Jazzに最も近いジャズが展開されていて、ジャケット・デザインを含めてイアン・カーの作品のなかでは、最も気に入っている(このままクラブジャズとしてDJイングも可能)。イアン・カーはイギリス・ジャズ界を代表する革新的トランペッターだが、楽器の中でボクの最も好きなものがトランペットである。唇の動きや息の速さを変えると音がいろいろ出せ、ブロウするにも金管楽器中もっとも高音域がでる特性を持つトランペットは、形態そのものからしても原始的で自然で、人間の声や息、情感をそのまま再現でき、ジャズというアーバン・ブルースに最も相応しい楽器だと思っている。"熱く、高く、大きく、速く、そして優しく……。そのさまざまな表情は3本のピストンのみで繰り出され、そのため表現に関する多くの部分がプレイヤーのテクニックにかかっている"と言われるトランペットは、ルイ・アームストロング、ディジー・ガレスピー、クリフォード・ブラウン、マイルス・デイヴィス、リー・モーガンなどなどその系譜を追えば、ジャズの歴史がすべて見えてくるといわれるほど、ジャズの"華"なのだ。ラッパは、原始からの息といわれ、男性を熱狂させる比類なき力を持ち、大きな喜びや戦争のような激しい感情と結びついており、ローマ時代(紀元前476年頃)は、しばしば政治、宗教的行事や集会、そして兵士の士気を盛り立てるために軍隊には欠かせないものだった。トランペットの語源は、アステカ神話における冥府神ミクトランテクトリ(Mictlantecuhtli)が、自分の愛玩動物の肛門から息を吹き込み断末魔の悲鳴を上げさせて楽しんだという伝説から、ミクトランテクトリのペット、略してトランペットと称されるようになったという説もあるが、ホモ・セクシャリティな発想で愉快だけれど、これはにわかに信じ難い。

SIDE A:1.Belladonna, 2.Summer Rain
SIDE B:1.Remadione, 2.Mayday, 3.Suspension, 4.Hector's House
Recorded at Phonogram Studios, London, Jul. 1972
Produced by Jon Hiseman
Ian Carr(Trumpet, Flugelhorn) Brian Smith(Tenor Sax, Soprano sax, Alto & Bamboo Flute) Dave MaCrae(Fender Electric piano) Alan Holdsworth(Guitars)Roy Babington(Bass Guitar) Clive Thacker(Drums) Gordon Beck(Hohner Electric
Piano) Trevor Tomkins(Percussions)
VERTIGO 1972

2008年03月06日

CASCADES 32

イアン・カー+ニュークリアスの
スパイラル・ヴァーティゴ "渦巻き"・ジャズと
21世紀クラブジャズとの接点
IAN CARR with NUCLEUS
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 32

英フォノグラムが'69年に設立したレーベル、スパイラル・ヴァーティゴ(渦巻き)・マークのVERTIGOも、'70年代初期のブリティッシュ・ロックを語るうえでは避けて通れないレーベルで、コロシアム、ロッド・スチュアート、ブラックサバス、ユーライア・ヒープ、ステイタス・クォーなど、どちらかというとハードロック系のレーベルでメジャー志向ではあったが、マグナ・カルタなどのトラッド・ロックや、ジェントル・ジャイアントなどのジャズフュージョン、ニュークリアスやジョン・スティーヴンスのジャズ、クラフトワークのテクノ・ポップまで広範囲の音楽ジャンルを網羅していた。
そのアルバムのロジャー・ディーンやキース・デイヴィス、ヒプノシスなどによるジャケット・デザインは、どれもが手の込んだドラマチックな物語性あるヴァーティゴ・ワールドを象徴した独特のもので、'73年以降のロジャー・ディーンによるデザインの "スペースシップ・ヴァーティゴ"に変更された頃までは、音楽よりもそのジャケット・デザインに惹かれてレコードを買っていた時期があった。下記のサイト「音式」で当時のヴァーティゴ・レーベルに関して詳細に記録されているので参照を。
http://www.sunny-bug.com/oto-ziki/index.html

NUCLEUS/ELASTIC ROCK(VERTIGO 6360 008)
'70年にヴァーティゴからリリースされたファーストは、ロジャー・ディーンによる見開き&穴開き仕様のジャケット・デザインだが、その神秘的な火口の燃え盛る溶岩、それはイアン・カー率いるニュークリアスの、アルバムを通して聴こえてくるスピリチュアルな世界が象徴されている。短かい13の曲が組曲として構成されていて、現在のFINN JAZZにみられるロマンチックなグルーヴへの接点も感じられ、サイド1ラストの「1916-The Battle of Boogaloo 」では、コルトレーンの「ネイマ」のフレーズが聴こえてくるあたり、ユッカ・エスコラのトランペットの甘い響きさえもボクの頭で交錯する。このアルバムやニュークリアスがもしいまFinn Jazzやnu jazzの新しいユニットとして表出してきたなら、クラブジャズ・ファンに間違いなく100%支持されるだろう。
レコーディング・メンバーはイアン・カー(tp)、カール・ジェンキンス(bs,ob,p)、ブライアン・スミス(s,fl)、クリス・スペディング(g)、ジェフ・クライン(b)、ジョン・マーシャル(ds)で、後に多くのメンバーがソフトマシーンやギルガメッシュに散けることになるのだが、いまにして思えばイギリスのジャズシーンの一時代を築いたそうそうたるメンバーが集っていたことを改めて思う。ニュークリアスやそのメンバーは多くの名盤を残しているが、半分以上はドイツのレーベルからの発売されたものでイギリス盤は半数以下だというから、このことでもイギリスのリスナーはいまだにロックに呪縛され、いかにジャズに対しての耳を持っていないかが分かるだろう。それはニッポンのすべての音楽リスナーにも言えることかも知れない。

side one: 1.1916 2.Elastic Rock 3.Striation 4.Taranaki 5.Twisted Track 6.Crude Blues Pt.1 7.Crude Blues Pt.2 8.1916 (The Battle Of Boogaloo)
side two:1.Torrid Zone 2.Stonescape 3.Earth Mother 4.Speaking for Myself, Personally, In My Own Opinion, I Think... 5.Persephones Jiv
Ian Carr(tp,f-horn) Karl Jenkins(kbd,sax,oboe) Brian Smith(sax,fl) Chris Spedding(g) Jeff Clyne(b) John Marshall(ds,per)
Produced by Pete King for ronnie scott directions
recorded Trident studios 12/13/16/21st January 1970
VERTIGO 1970

IAN CARR WITH NUCLEUS/SOLAR PLEXUS(VERTIGO 6360 039)
イアン・カー、ケニー・ウィーラー、ハリー・ベケットのトランペット3管、ブライアン・スミス、トニー・ロバーツ、カール・ジェンキンスのサックス3管、計6管編成で構成されたこのアルバムは、呪術的でスピリチュアル、ファンキーなジャズが自由奔放に展開されている。やはりマイルスの影響があちこちにみられるが、ジョン・マーシャルとクリス・カーンによるパーカッシヴなグルーヴもまた現在のクラブジャズ、nu jazzの先端にあるものとして新たに定義できるだろう。
ニュークリアスの「Solar Plexus」を最後にカール・ジェンキンスの名前は見られないが、初期のこのバンドには彼の存在は大きかった。'44年にイギリス、ウェールズ生まれのサクソフォーン奏者、作曲家である彼は、幼少期に教会の聖歌隊長を務めていた父親の影響でピアノやオーボエを習い始め、その後、ウェールズ国立ユース・オーケストラの首席奏者となり、カーディフ大学、ロンドン王立音楽院を卒業している。卒業後は'69年にニュークリアス、'72年にソフト・マシーンに参加し、'80年代にはソフト・マシーンのメンバーのマイク・ラトリッジと共にCM等の作曲や製作活動を行い、D&ADの賞「ベスト・ミュージック」を受賞している。'90年代には彼がプロデュースするアディエマスのデビューアルバム「ソング・オブ・サンクチュアリ」が世界的にヒットし、また最近の話題では日本のフィギュアスケート選手である村主章枝のために書き下ろした「ファンタジア」が'06年 - '07年シーズンのフリースケーティングで使用されている。

side one:1.Elements I & II 2.Changing times 3.Bedrock deadlock 4.Spirit level
side two:1.Torso 2.Snakehips' dream
trumpet & flugelhorn IAN CARR,KENNY WHEELER,HARRY BECKETT
BRIAN SMITH(tenor & soprano sax,flute) TONY ROBERTS(tenor sax,bass clarinet) KARL JENKINS(electri piano,baritone sax,oboe) CHRIS SPEDDING(guitar) JEFF CLYNE(bass guitar,double bass) RON MATTHEWSON(bass guitar) JOHN MARSHALL(drums,percussion) CHRIS KARAN(percussion) KEITH WINTER(VCS3 electronic synthesizer)
produced by Pete King
recorded FFouteenth and fifteenth of December 1970
VERTIGO 1970

IAN CARR WITH NUCLEUS/LABYRINTH(VERTIGO 6360 091)
インカスなどのレーベルから聴こえるフリードな気配を持つイントロから、一転してラテン・グルーヴへ転調し、そこに侵入してくるNorma Winstoneのスキャットとトランペットのユニゾンが独特の空間を生みだしオシャレなダンスミュージックに変容する。ヨーロッパの古城や教会の庭には、今でも数多くのラビリンス(迷宮)が残っていて、ラビリンスとは死と再生を象徴するものとも言われているが、ニュークリアスにとっては通過儀礼の意味が大きく、このアルバムを境にみられる音楽的な変化をあらわしたに過ぎない。ひとは前に前にとグルグルと迷宮の出口を探して歩いているのだが、結局はまた同じ道を辿って、元来た道に戻ってくるものなのかも知れないね。
アルバム全体は、ハードバップ、ラテン、ファンクなどのグルーヴに、時折フリージャズのスパイスを効かせながら、ひとつの物語りを形成している。ニュークリアスというと、いかにもシリアスな音楽をやっているような先入観を持つ人が多いが、この遊び心は、ジャズミュージシャンの高い音楽スキルあってこそ可能なことである。さて、イアン・カーは'33年スコットランドのダンフリーズ生まれで、'70年にヴァーティゴから「Elastic Rock」でアルバム・デビューを果たした。その後の動きをアトランダムに書くと、同年早くも2作目「We'll Talk About It Later」をリリース、'71年、3作目「Solar Plexus」を発表。その後一時ニュークリアスを解散させ、'72年ソロアルバム「Belladonna」を発表。'73年、Labyrinth」、'73年「Roots」、74年「Under The Sun」、75年「Snake Hips Etcetera」と「Alley Cat」、77年「In Flagrante Delicto」、79年「Out Of The Long Dark」、80年「Awakening」を発表し、'85年に「Live At The Theaterhaus」、'88年にソロアルバム「Old Heartland」を発表している。80年代に入ってからのイアン・カーは音楽評論家として執筆や講師などで多忙な生活をしていたらしく本格的な音楽活動はしていなかった。ボクはこの「Labyrinth」を最後に彼の音楽を聴いていないが、今一度、当時手にしていなかった彼の過去の作品、例えば70年にリリースされた英国ジャズ・メンによるギリシャをテーマにした競作アルバム、NEIL ARDLEY, IAN CARR AND DON RENDELLの「GREEK VARIATIONS 」など、すべて取り寄せて聴いてみようと思っている。イアン・カーのジャズを再び聴き直し最考察していたら、そう思わせるほど現在のFinn Jazzやクラブジャズに最も近いグルーヴが展開されていたことに驚かされたからだ。

side one:1.Origins 2.Bull - Dance 3.Ariadne 4.Arena,
side two:1.Arena ( Continued from SIDE A ) 2.Exultation 3.Naxos
Ian Carr(Trumpet, Flugelhorn) Kenny Wheeler(Trumpet, Flugelhorn) Norma Winstone(Vocals) Tony Coe(Bass Clarinet, Clarinet, Tenor Sax) Brian Smith(Tenor & Soprano Sax, Flute ) Dave MacRae(Fender Electric Piano) Gordon Beck(Hohner Electric piano) Roy Babington(Bass Guitar) Clive Thacker(Drums) Tony Levin(Drums) Trevor Tomkins(Percussions) Paddy Kingsland(VCS3 Synthesizer)
Recorded at Phonogram Studios, Mar. 1973
Produced by Ian Carr & Roger Wake
VERTIGO 1973

※新しいNUCLEUSの映像で'70年代のイアン・カーの世界ではないが参考に
http://www.youtube.com/watch?v=j7yHVBZN3S0

2008年03月07日

CASCADES 33

リフの反復効果を強調した渋いミニマル・ジャズファンクと
YESTERDAYS NEW QUINTETを想起させるスピリチュアル・ジャズ
JOHN STEVENS' AWAY
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 33

JOHN STEVENS' AWAY/JOHN STEVENS' AWAY(VERTIGO 6360 131)
ジョン・スティーヴンスは英国のフリージャズ、フリーインプロヴィゼイションのシーンで活躍したパーカッショニスト。サックス奏者、トレヴァー・ワッツなどと結成した小編成ユニット、フリー・ジャズ集団SME(Spontaneous Music Ensemble/スポンテニアス・ミュージック・アンサンブル、後にデレク・ベイリーなども参加)の中心人物で、その活動は60年代初頭から30年間続き、アウェイでの活動は80年代初めまで続いた。他にも種々のグループ活動、音楽教育活動に大きな成果を残している。
Spontaneous Music Ensembleの'66年-'67年までの初期の作品「Challenge (Emanem)」での、メンバーはKenny Wheeler (fh), Paul Rutherford (tb), Trevor Watts (as, ss, piccolo), Bruce Cale (b), Jeff Clyne (b), John Stevens (ds, cymbals), Evan Parker (ss), Chris Cambridge (b)で、'73年と'74年の音源集「Quintessence (Emanem)」でのメンバーがJohn Stevens (perc, cornet), Derek Bailey (g), Kent Carter (cello, b), Evan Parker (sax), Trevor Watts (sax)だから、いまにして思えばイギリスでのフリー系の最も円熟した時代だったのかも知れない。オーネット・コールマン(Ornette Coleman)から引き継いだSMEのフリージャズのもうひとつの側面として、ジョン・スティーヴンスは新しいユニット、アウェイを結成し発表したのが今回紹介している2枚のアルバムだ。このスティーヴンス・アウェイのデビュー作はドイツのベルリンでのライヴ録音で、リフの反復によるブルージーなジャズとジャズファンク、フリーとスピリチュアル・ジャズを横断していて、ボクには現在のYESTERDAYS NEW QUINTETやMADLIBさえも思わせる。

side one:1.It will Never Be The Same 2.Tumble
side two:1.Anni 2.C.Hear Taylor 3.What's That?
JOHN STEVENS(dums) PETER COWLING(electric bass) STEVE HAYTON(electric guitar) TREVOR WATTS(alto saxophone)
produced by J.Stevens all compositions:J.Stevens
recorded 'live7 at the Quartier Latin,berlin,W. Germany November 1975
VERTIGO 1976

JOHN STEVENS' AWAY/SOMEWHERE IN BETWEEN(VERTIGO 6360 135)
当時のイギリスでのフリー・インプロヴィゼイションを語るには、ジョーン・スティーヴンス・アウェイのファーストにもアルト・サックスで参加していたトレヴァー・ワッツのことを記録しておくべきだろう。イギリス生まれのサックス奏者の彼は、独学でサックスを学びイギリス空軍の楽隊でJohn StevensとPaul Ratherfordに出会い、その後もRutherfordと共に音楽活動を続け、New Jazz Orchestraのメンバーとしてレコードデビューする。その後彼らは'65年にJohn Stevensと再会し、'66年初頭からロンドンの"Little Theatre Club"に出演するようになり、そこで共演したミュージシャンらとともにSMEを設立、そこでの活動を続ける傍ら、Barry GuyらとAMALGAMを結成し「PRAYER FOR PEACE」や「ANOTHER TIME」などの作品では、ジャズや前衛、民族音楽、ロック、フュージョンなど様々な音楽的要素を取り込みながらポストモダンな展開を繰り広げていて、イギリスならではの知的でクラシック(現代音楽)をも押さえたオーソドックスなフリー・ジャズの作品を発表していた。
Amalgamでの活動は'67年から'79年までの12年に及び、'82年には民族音楽に主軸を置いたMoire Musicを結成し、Moire Music Drum Orchestra、Moire Music Trioなどユニット名を変えながら活動を行っていた。ワッツの関わった他のユニット、バンドはJohn StevensのAway、Stan TraceyのOpen Circle、Louis Moholo Group、Bobby Bradford Quartet、London Jazz Composers' Orchestraなどがある。アウェイのセカンドは、リフの反復を基調とするスピリチュアルなジャズで、最近JAZZMENレーベルからリリ−スされているダンスミュージックの類いとしても再解釈することも可能だし、エルヴィン・ジョーンズに捧げられたサイド2の1曲目「Spirit Of Peace」などは、ミニマルな反復手法を使ってうねるグルーヴを作り出し、まるでYESTERDAYS NEW QUINTETやMADLIBを思わせるスピリチュアルなジャズだ。

side one:1.Can't Explain 2.Follow Me 3.Chick-Boom
side two:1.Spirit Of Peace(Tribute to Elvin Jones) 2.Now
JOHN STEVENS(drums) NICK STEPHENS(electric bass) RON HERMAN(acoustic bass) ROBERT CALVERT(soprano & tenor saxophone) DAVID COLE(electric guitar) BRENO T'FORDO(percussion)
produced by John Stevens & Co-ordinated by Terry Yason for Away Productions
recordd at Phonogram Studios:15/16th June 1976
VERTIGO 1976

※70年代後半のパンクや80年代ニューウェイヴに行く前に、70年代のイギリスでのフリージャズ、フリーインプロヴィゼイションの作品も(ロックマガジンではそれほど紹介しなかったが)、人知れずこっそりと、かなりの数を聴いたので、機会をみつけてまた紹介します。

2008年03月11日

CASCADES 34

フリー・インプロヴィゼーションを要にしたストーリー性ある
ジャズのコンセプチャライズ(概念化)
KEITH TIPPETT-1
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 34

キース・ティペットは1947年8月25日、英国港町ブリストル生まれ。10代の頃からリアル・ジャズやビバップへの接点を持ち、ブリティッシュ・ジャズ・シーンで活動していたフリージャズ・ピアニスト、作曲家だが、70年代にキング・クリムゾンに参加したことから、多くのひとがその音楽をプログレッシヴ・ロック系のミュージシャンとして捉えているが、彼のキング・クリムゾンとの接点は単なるひとつのレコーディング・セッションとして参加したに過ぎない。キース・ティペットのリアルな顔はやはりジャズのフィールドでの活動でこそみられるもので、'78年にOGANレーベルでリリースされていた、STAN TRACEY, ELTON DEAN, TREVOR WATTSなどのミュージシャンによる大編成オーケストラARKの「FRAMES」などでみられるフリー・インプロヴィゼーションを要にしたストーリー性のある、ジャズのコンセプチャライズ(概念化)こそが、彼の音楽の本質だろう。それはティペットが南アフリカから追放された、Chris McGregor、Dudu Pukwana、Mongezi Feza、Johnny Dyani and Louis Moholoたちミュージシャン、オリジナルBlue Notesのスピリットにインスパイアされたことが、彼の音楽を決定づけた最大の要因だからだ。 例えばクリス・マクレガーズ・ブラザーフッド・オブ・ブレス(CHRIS McGregors brother food of breath-brotherfood)は南アフリカ出身のピアニスト、クリスマクレガーによって結成されたビッグバンドスタイルのグループだが、そのサウンドは民族主義のメロディを融合したモードジャズ、ビッグバンドジャズで、ラテン調のビッグバンド・サウンドなども聴け、キース・ティペットのジャズの鋳型が多く見られる。この関係で他にはDedication Orchestraというユニットがあり、Chris McGregor、Dudu Pukwana、Mongezi Feza、Johnny Dyani、そしてHarry Millerといった南ア出身のミュージシャンの曲を取り上げてビッグバンドで演奏するのだが、ティペットの音楽にも見られるアフリカ的、英国的なジャズの原点がここにあるのは間違いないようだ。

THE KEITH TIPPETT GROUP
/'YOU ARE HERE...I AM THERE'

(Polydor 2384 004)
ローリング・ストーンズやヤードバーズの仕掛人ジョルジオ・ゴメルスキーをプロデューサーに迎え、エルトン・ディーン(サックス)、マーク・チャリグ(トランペット)、ニック・エヴァンス(トロンボーン)といったブラス・セクションとともにキース・ティペット・グループを結成し、1970年のVertigoからの「You Are Here... I Am There」でデビューする。このアルバムだってあまりにもながくジャズロックとしてカテゴライズされ続け、未だにロックの名盤としてレコードショップに並べられているが、それは誤りだ。例えばこのファーストの2曲目「I Wish There Was a Nowhere」を聴けば明確だが、ティペットのピアノ・ソロでのコード分解はロック・ミュージシャンのものではない。

side one:1.This Evening Was Like Last Year (To Sarha) 2.I Wish There Was a Nowhere
side two:1.Thank You for the Smile(To Wendy and Roger) 2.There Minutes from an Afternoon in July(To Nick) 3.View from Battery Point(To John and Pete) 4.Violence 5.Stately Dance for Miss Primm 6.This Evening Was Like Last Year-short version
KEITH TIPPETT(piano,electric piano) MARK CHARIG(cornet) ELTON DEAN(alto sax) NICK EVANS(trombone) JEFF CLYNE(bass,electric bass) ALAN JACKSON(drums,glockenspiel) GIORGIO GOMELSKY(bells)
recorded at Advision Studios,London,England,January 1970
produced by Giorgio Gomelsky
Polydor 1970

THE KEITH TIPPETT GROUP
/"DEDICATED TO YOU,BUT YOU WEREN'T LISTENING"

(VERTIGO 6360024)
'71年にはセカンド「Dedicated To You But You Weren't Listening」をVertigoからリリースし、ティペット、ニック・エヴァンス、エルトン・ディーンの楽曲によるハードバップ、ビバップなどのバップ・イディオムとフリー・インプロヴィゼーションによるジャズ。ラストの「Black Horse」などはラテングルーヴにトロンボーン、サックスが絡むまさに現在のクラブジャズだ。ロバート・ワイアットらソフトマシーンのメンバーも動員され、当時のカンタベリー系の流れとジャズがシンクロした時代そのものが反映されている。4人のドラマーによるリズムパートの強化、その上をソプラノ、サックス、トロンボーン、コルネットなど3管によるテーマユニゾン、アンサンブルが爆発しブローしていく熱気が、アルバム全体を支配している。この2枚の作品もフュージョンでもジャズロックでもなく、生粋のジャズである。フリーでの白熱のインタープレイを展開していくというものではないが、ミュージシャン間の対話する熱い部分を残しながら、活きたリアルなジャズの21世紀のボキャブラリーである現在のnu jazzやクラブジャズに見られる様式美、構造を持ったジャズでもある。

side one:1.This Is What Happens 2.Thoughts To Geoff 3.Green And Orange Night Park
side two:1.Gridal Suite 2.Five After Dawn 3.Dedicated To You But You Weren't Listerning 4.Black Horse
KEITH TIPPETT(piano,hohner electric piano) ELTON DEAN(alto,saxello) MARC CHARIG(cornet) NICK EVANS(trombone) ROBERT WYATT(drums) BRYAN SPRING(drums) PHIL HOWARD(drums) TONY UTA(conga drums,cow bell) ROY BABBINGTON(bass,bass guitar) NEVILLE WHITEHEAD(bass) GARY BOYLE(guitar)
produced by Pete King for Ronnie Scott Directions
VERTIGO 1971

2008年03月12日

CASCADES 35

ジャズの始源であるアフリカの大地
ゴスペルから都市のファンク、フリーまでを
奔放無尽に横断するポストモダン・ジャズ
または「右脳を活性化させ、左脳を休ませる」ための
"1/fゆらぎ"ミュージック
KEITH TIPPETT-2
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 35

現代思想には色んな考え方があって、生きてる"今"の時代を考察したりするには、必要なものだが、思想そのものに振り回されるバカバカしさを体験してから、出来るだけ言語での知そのものに依存しなくなり信じることもなくなった。グローバリゼーション、ポストモダン社会に生きる我々は、複数のアイデンティティを使い分けた解離性人格障害(多重人格)者にも似て、ロック・ミュージシャンと大手企業サラリーマンの2つの顔を持つ40代の知人は、精神安定剤を飲みながら単一性と多数性が拮抗する社会のなかで辛うじてバランスを取り生きている(ボクには出来ない行為だね。だっていずれ精神的破綻をきたすのは明らかだ)。フリー・インプロヴィゼーションという音楽を考えるとき、やはり60年代から70年代にかけて表出したフランス現代思想でのポストモダンという言葉なくしては語れない。ポストモダンは、この日本では80年代初頭の“広告代理店文化”と非常に密接に結合して、一気に流通し、あっという間に消費され尽くされてしまったが、モダニズムを批判することで近代の行詰りを克服しようとしたそうした風潮は、70年代の音楽の世界でもフリー・インプロヴィゼーションという形であらわれていた。ボードリヤール、ドゥルーズ、ガタリ、ネグリ、デリダなどの、脱構築(ディコンストラクション)、リゾームや差異、大きな物語の終焉などなど、ボクも当時こうしたニューアカ被れの風潮に遅れまいと、みすず書房の哲学書、思想書などを読み漁っていたが、今考えてみると無駄な行為だった。だけど様々なポストモダンに関する言説のなかで唯一「遊戯的な引用と自由な折衷」という定義に、無神論的実存主義者のボクは、ひとつの完結な結論を視た気がした。音楽におけるポストモダンは、1950年代の現代音楽でのピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼンなどのトータル・セリエリズムがその始まりだが、その後ジェルジ・リゲティ、イアニス・クセナキス、ジョン・ケージなどに引き継がれ、多様式主義、スペクトル楽派、新しい単純性、新しい複雑性、ヴァンデルヴァイザー楽派、ミニマル音楽など様々に変容し、これら全てがポストモダンと位置付けられている。西洋人は虫の音を機械音や雑音と同様に右脳=音楽脳で処理するのに対し、日本人は左脳=言語脳で受けとめると言われているが、フリー・インプロヴィゼーション、フリーミュージックを考えるとき、このことの弊害も大きいように思う。どんな音楽であっても、言語や思想で防備され保護され美化して解釈されるものではないし、音楽を言語脳で捉えること自体愚かな行為だと考えている。頭で理解し、意味を明らかにすることが音楽の目的ではないからだ。自然音を言語脳で受けとめるという日本人の生理的特徴と、擬声語・擬音語が高度に発達したという日本語の言語学的特徴は、それはそれで豊かな言語の独創性を生むだろうけれど、いままでボクは、繰り返し何千回と言ってきたけれど、音楽は感じるだけで充分その機能を果たしているのだ。だから感じない音楽は音楽ではない。言語的解釈こそがフリージャズ、あるいはフリー・インプロヴィゼーション・ミュージックを誤解し、つまらなくさせている大きな原因だ。"日本人にありがちなインプロまがいの駄演は毒の垂れ流しだと思う。 究極のテクニックと究極の精神性があいまってこそ聞く価値のあるフリーインプロなのであって、テクニックの無さや精神性の低さを隠すための、フリーインプロなど本当に糞以外の何者でもない。 フリーインプロ・ファンを減らすだけなので頼むからやめてくれ”といった人がいたが、その発言をそのままボクもフリー・インプロヴィゼーションという音楽に対する回答にしたい。

CENTIPEDE/"SEPTOBER ENERGY
(Neon/RCA 9)
70年、この時期はティペット以外のメンバーはソフトマシーンへ参加しており、ティペットはというと問題の大作、キング・クリムゾンのロバート・フリップのプロデュースの下、'71年の2枚組「Centipede: Septober Energy 」を発表、この作品はパート4から構成されたすべての曲の作曲/編曲を彼が手掛けていて、カール・ジェンキンス(oboe)、イアン・カー(tp)、ドゥドゥ・プクワナ、エルトン・ディーン、イアン・マクドナルド(as)、ブライアン・スミス、アラン・スキッドモア、ゲイリー・ウィンドウ(ts)、ニック・エバンス、ポール・ラザフォード(tb)、ジョン・マーシャル、ロバート・ワイアット(ds)、ブライアン・ゴッディング(g)、ジェフ・クライン、ハリー・ミラー、デイブ・マクラエ、ロイ・バビントン(b)、ジュリー・ティペット(ドリスコール)、マギー・ニコールズ、ズート・マネー(vo)など参加ミュージシャンは50人を超えるソロイストを集結させたプロジェクトを展開している。(上に掲載している写真を参照/英国ジャズの尖鋭、ディーン、チャリグ、エヴァンス、イアン・カーからソフト・マシーンのロバート・ワイアット、初期クリムゾンのイアン・マクドナルド、そしてカール・ジェンキンスたち70年代のブリティッシュ・ミュージック・シーンを率先する錚々たるメンバーが集っている)。"「Septober Energy」は壮大なフュージョン・アルバムである"とか、"随所にロック的イディオムが感じられる"とか評してる評論家がいるが、これもまた大きな誤解である。ジャズの始源であるアフリカの大地からゴスペル、都市のファンク、フリーまでを奔放無尽に横断するポストモダン・ジャズである。このアルバムのロック的イディオムって何だ? これはジャズの文脈にある音楽だ。当時から今日まで、ニッポンの音楽業界、ジャーナリズムの立ち位置は常にロックにあり、そのフィールドから間違った解釈を繰り返してきた。ロックに呪縛されたロックの耳しか持っていない評論家やリスナーが、このアルバムをキングクリムゾンの流れに組込もうとする。そこから間違いが生じるのだ。"モダン・ジャズにロックの味付けを施したプログレッシブなロック・ジャズ"か? 笑わせる、な。言いたくないが、 当時リアルタイムにこうした音楽を聴き正当に評価していたのは、間章と北村昌士とボクの、ほんの数人だったけどね。

side one:1. Septober Energy side two:2. Septober Energy
side three:3. Septober Energy side four:4. Septober Energy
VIOLINS:Wendy Treacher, John Trussler, Roddy Skeaping, Wilf Fibson, Carol Slater, Louise Jopling, Garth Morton, Channa Salononson, Steve Rowlandson, Mica Gomberti, Colin Kitching, Phillip Saudek, Esther Burgi
CELLOS:Michael Hurwitz, Timothy Kramer, Suki Towb, John Rees-Jones, Katherine Thuulborn, Catherine Finnis
TRUMPETS:Peter Parkes, Mick Collins, Ian Carr ( doubling Flugel Horn ), Mongesi Fesa ( Pocket Cornet ), Mark Charing ( Cornet )
ALTOS:Elton Dean ( doubling Saxcello ), Jan Steel ( doubling Flute ), Ian McDonald, Dudu Pukwana
TENORS:Larry Stabbins, Gary Windo, Brian Smith, Alan Skidmore
BARITONES :Dave White ( doubling Clarinet ), Karl Jenkins ( doubling Oboe ), John Williams ( Bass Saxphone - doubling Soprano )
TROMBONES:Nick Evans, Dave Amis, Dave Perrottet, Paul Rutherford
DRUMS:John Marshall ( and all percussion ), Tony Fennell, Robert Wyatt
GUTARS:Brian Godding BASS GUITAR:Brian Belshaw VOCALISTS :Maggie Nicholls, Julie Tippett, Mike Patto, Zoot Money, Boz
BASSES:Roy Babbington ( doubling Bass Guitar ), Jill Lyons, Harry Miller, Jeff Clyne, Dave Markee
PIANO:Keith Tippett
Producer : Robert Fripp.
Neon/RCA 1971

KEITH TIPPETT/BLUEPRINT
(RCA 8290)
セカンド「Dedicated To You,But You Weren't Listening」発表後のティペットは、センティピートを少数精鋭化したユニットで、ソロ名義のアルバム「Blue Print」(1972)を手掛けるが、このアルバムもプロデュースはロバート・フリップが担っているのだが、当時、彼やキング・クリムゾンの音楽にしてもなぜかその音楽の底に流れている微かに匂う欺瞞に似たものを敏感に感じていたリスナーも多く、フリップの名前がクレジットされていると、ちょっと二の足を踏むという感じだった。その原因は、当時キング・クリムゾンに関してはレッド・ツェッペリンとともに雑誌「ロッキン・オン」の大きなひとつの顔で、岩谷宏や渋谷陽一の"ボク"と"キミ"といった言葉を使うことによって、雑誌の売り上げを伸ばす目的のための、ロックファン間のコミュニティ形成への戦略を冷ややかな態度で見ていたひとつの反動だったのだろうが、これはきっとボクだけが感じていたことだろうか(それにしても渋谷氏の事業家としての秀でた才覚と成功には頭が下がる)。このアルバムでのジョン・ケージを意識した現代音楽的アプローチや、シャーマニックな原始回帰のグルーヴ、緊張感と静/動の対比を生かした音楽は絵画で言えば、ラフスケッチされた素描のようなものだろう。80年代初頭、ロンドンでフランク・ペリーのパーカッションだけのインスタレーションのようなイヴェントに接する機会があったが、フォークロリックな打楽器によるポリリズムはコンテンポラリー・ミュージックとして多くのイギリスのフリージャズ・リスナーに支持されていた。

side one:1.Song 2.Dance 3.Glimpse
side two:1.Blues I 2.Woodcut 3.Blues II
KEITH TIPPETT(piano) ROY BABBINGTON(bass) KEITH BAILY(percussion)
FRANK PERRY(percussion) JULIE TIPPETT(guitar/voice)
Recorded :1972 - Command Studios, London
Engineer: Andy & Ray Hendrickson
Produded: Robert Fripp
RCA 1972

KEITH TIPPETT,HARRY MILLER,JULIE TIPPETTS,FRANK PERRY
/OVERY LODGE
(ORUN OG 600)
キース・ティペットはCENTIPEDEを解体した後の、「Blueprint」での音楽をより発展させるために彼の妻でもあるジュリー・ティペットのヴォイス、ハリー・ミラーのベース、フランク・ペリーのパーカッションによる即興ユニットによって'73年にアルバム「OVARY LODGE」を発表している。このアルバムは'78年に発表されたセカンドで、ロンドンのNettleford Hallでのライヴが収録されたものだが、次第に観念的なインプロヴィゼーション主体のジャズ、現代音楽的アプローチ、フリーフォームな音楽へと突き進んでいく(このような言語的、観念的音楽にあくまでもボクは否定的だが)。こうした音楽が持つ観念的欺瞞を振り払うには、一種の環境音楽のように、自然界、生体、音楽に共通する"ゆらぎ"、人間の感じる最も快い感覚の"1/fゆらぎ"として対応するのが賢明だろう。音響の変化が激しすぎも少なすぎもせず、適度な刺激量の時間的変化がある場合に1/fゆらぎは生じると言われているのだが、フリー、あるいはインプロヴィゼーションは「右脳を活性化させ、左脳を休ませることが音楽のもつ大きな効用である」という説を実践するためのBGMで充分だ。右脳の音楽脳だけを使い、決して言語脳で理解しようとしないことだ。そうすると鮮やかに空間的音響として変容する。

side one:1.Gentle One Says Hello 2.Fragment No.6
side two:1.A Man Carrying A Drop Of Water On A Leaf Through A Thunderstorm 2.Communal Travel 3.Coda
KEITH TIPPETT(piano,harmonium,recorder,voice,maracas) HARRY MILLER(bass) FRANK PERRY(percussion,voice,hsiao,sheng) JULIE TIPPETTS(voie,sopranino recorder,er-hu)
live recording at Nettleford Hall,London SE27, 6 August 1975 by Keith Beal.
produced by Keith Beal and Overy Lodge
ORUN 1976

CASCADES 36

ブライアン・オーガーのモッドジャズは
ブルースとモータウンとジャズ・メッセンジャーズ(ビバップ)の三位一体
ジュリー・ドリスコールの声 それは人間の最もリアルな存在感を表すもの 
BRIAN AUGER/JULIE DRISCOLL
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 36

BRIAN AUGER
植民地時代のインドに生まれロンドンのノース・ケンジントンで育ったブライアン・オーガーは、ジャズピアニスト、バンドリーダー、スタジオ・ミュージシャン、ハモンドB3のイノヴェーターという肩書きと様々なキャリアを持つアーティストだが、3歳の時、父親がオペラやミュージカルのレコード蒐集家で、彼の家に置いてあった自動ピアノに興味を持ち、既に幼少時代には近所のひとを集めて小さなコンサートを開いてプレイしていたという。
BRIAN AUGER AND THE TRINITY/OPEN
(IECP-10018)
当時流行っていたポップスやR&Bはすべて弾け、兄のジェームスが蒐集していたカウント・ベイシーやデューク・エリントンのレコードを聴いているうちにジャズの構造やパターンを習得し、ビル・エヴァンスやオスカー・ピーターソン、ハンプトンホウズ、ビクター・フェルドマン、レッド・ガーランド、マッコイ・タイナー、ハービーハンコックなどのニューヨークや、ウェストコースト・ジャズに興味を持ち、17歳の頃にはジャズ・メッセンジャーズのハードバップやマイルス・デイヴィスなどもプレイしていたという。その後、65年にジミースミスのアルバムでのオルガンを聴いたオーガーはハモンドB3を、自分のミュージシャンとしての顔にすることを決心した。ブライアンの音楽はブルースとモータウン、そしてジャズ・メッセンジャーズの三位一体である。ローズ・ピアノやハモンド・オルガンを多用する70年代のジャズファンクやソウルジャズなどのレアグルーヴへのこだわりは、80年代が終わろうとした頃に表出したアシッド・ジャズや、90年代中期のポップジャズ(ラウンジ・ジャズ)で再評価され、現在でもオルガン・ジャズはクラウドたちの御用達音楽で、いま一度nu jazz、Finn Jazzのヴィジョンで再解釈/再構築してみるのもアリだ。

BRIAN AUGER AND THE TRINITY/DEFINITELY WHAT
(IECP 10019)
'64年にブライアン・オーガー&ザ・トリニティの名前で活動を始める。この年のメロディー・メイカー誌の人気投票でジャズ・ピアニスト部門および新人アーティスト部門の1位に選ばれている。ジョージー・フェイムの代役ではじめて正式にオルガンを演奏、まもなくモッズの間で人気のオルガニストの一人に。65年、ロング・ジョン・ボールドリー、ロッド・スチュアート、ジュリー・ドリスコールと共に、スティームパケットを結成するが、マネージメントの問題でアルバムを発表できないまま翌年解散。その後、トリニティとしての活動を再開し、67年、ドリスコールを加えたバンド編成でも並行して活動を始める。68年、「火の車」のカヴァーでブレイク。同年、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演。69年アメリカ・ツアーの最中にドリスコールが脱退。トリニティ名義では'67年「OPEN」、’68年「DEFINITELY WHAT!」、'69年「STREETNOISE」の3枚の作品を発表しているが、その活動は70年には終わっている。
その後、モーグル・スラッシュへの参加を経て、新たにオブリヴィオン・エクスプレスとして活動開始する。'75年にはイギリスからアメリカ西海岸に移住し、アメリカで始まったフュージョン・ブームに乗って人気を集め、'77年にRCAからワーナー・ブラザーズに移籍、’78年のジュリー・ティペッツとの久しぶりの共演作「アンコール」を含む2枚を残している。現在は、オブリヴィオン・エクスプレス、CABなどで現役で活動を続けている。
julie driscoll
http://www.youtube.com/watch?v=L8AYvQgVri4&feature=related

http://www.brianauger.com/

JULIE DRISCOLL
JULIE DRISCOLL,BRIAN AUGER & THE TRINITY
/STREETNOISE
(35MM 0198/9)
ジュリー・ドーン・ドリスコール(Julie Dawn Driscoll)は、1947年6月8日にロンドンで生まれ、10代からヴォーカルとギターを始め、父親がトランペット奏者で早くからジャズの洗礼を受け、ニーナ・シモン、レイ・チャールズ、オスカー・ブラウンなどのジャズとR&Bのヴォーカル物のレコードを聴き、15歳の頃には父親のジャズバンドでときどき歌い、ローリング・ストーンズやヤードバーズを手掛けたジョルジオ・ゴメルスキーの事務所に所属し、'63年最初のソロ・シングル「テイク・ミー・バイ・ザ・ハンド」を発表。'65-'66年スチームパケット(ボールドリーと無名時代のロッド・スチュアート、それにジュリーの3人のリード・ヴォーカルを持つグループで、当時彼女は、オスカー・ブラウンをはじめとするジャズを好んで歌っていたという)、'67-'69年ジュリー・ドリスコール、ブライアン・オーガー&ザ・トリニティでの活動、'67年、スチームパケットの同僚だったブライアン・オーガーのバンドに参加し、同年「オープン」でアルバムデビュー。'68年、シングル「火の車」が全英5位ヒット、'69年アメリカ・ツアー中に脱退。'70年1月に放映されたBBCのテレビドラマ「魔女の季節」にも出演している。

JULIE DRISCOLL/1969(23MM 0197)
'69年ブライアン・オーガー&ザ・トリニティを脱退したジュリー・ドリスコールは、オーネット・コールマンらの影響でイギリスにもフリージャズや実験的な音楽へ流れ始めた頃に、キース・ティペットと巡り会った。当時キース・ティペットはジョルジョ・ゴメルスキーの事務所に所属していて、彼のデモテープをゴメルスキーから聴かされたジュリーは、瞬時にティペットの音楽に魅了されたという。トリニティ時代のニーナ・シモンやスタックス、アレサ・フランクリンなどソウル&ジャズのカヴァーという域を出ない音楽に満足しきれなかった彼女の心の隙間を、キース・ティペットの音楽が埋める役割を果たしたのだろう。ジュリーのファースト・ソロ作「1969」にはアレンジと ピアノでキース・ティペットの名前がみられるが、そのレコーディングの最中にふたりは恋に落ち、結婚し、現在までの音楽活動でのコラボレーションが始まった。ジョルジョ・ゴメルスキーはキースとジュリーの2人に、当時人気のあったシカゴのブラッド・スウェット&ティアーズ風のブラス・ロックをやるように勧め、アルバム「1969」ではBS&Tテイストのブラス・アレンジが聴こえる。その後、オヴァーリッジやスポンティニアス・ミュージック・アンサンブルなどのフリースタイルのユニットに参加、4ピースのヴォーカルのみのアルバム「Voice」を発表、'76年セカンド・ソロ「Sunset Glow」、「Warm Spirits,Cool Spirits」、ドイツのFMPレーベルから「Sweet and's' Ours」など立て続けに発表している。82年にニッポンで再発された「1969」のライナーノーツで北村昌士が”ブライアン・オーガー・トリニティ時代は60年代の若者のひたむきな現実への怒りの代弁、センティピードでは炎のような歌唱、「ブループリント」ではシャーマニックなトランス気味の魔術的な、「Sunset Glow」では心の熱をさますように安らいだヴォーカルが聴ける”と書いていた。物語りのある詩、心の葛藤を表現するジュリーの声には物憂げでありながらロック的な激しいエモーションとリアルな凄みがあり、声そのものに存在感がある数少ないヴォーカルストだ。’70年、キース・ティペットと結婚しジュリー・ティペッツに改名。'70年センティピードに参加。以後今日まで、キース・ティペットの音楽活動に頻繁に参加している。'71年、初のソロアルバム「1969」、75年、2枚目のソロ作「サンセット・グロー」、'77年、ブライアン・オーガーと再び組んで「アンコール」を制作している。近年ジュリー・ティペッツは、2000年にリリースされたロバート・ワイアットのトリビュート・アルバム「スープソングズ・ライヴ」で、ワイアットの「ロック・ボトム」での数曲を歌っている。彼女の最新作'99年の「シャドー・パペティア」は、伴奏を最小限にした彼女の歌声の可能性を徹底的に追求したヴォーカル・アルバムだと言われている。最近は、夫のキースに付き添って、世界各地で、音楽を通じた児童や成人を対象にした芸術教育に力を入れ、イギリス国内や南アフリカの教育機関で集中講座などの臨時講師を務めてもいる。「ミラー~イメージ」という仮の題名で、新たなソロ作も構想中。'99年には、キース・ティペットの日本公演に同行し、初来日を果たした。
Wheels on Fire - Julie Driscoll,Brian Auger & Trinity
http://www.youtube.com/watch?v=g3qnUjyff8w

BRIAN AUGER AND THE TRINITY/OPEN
1.In And Out 2.Isola Natale 3.Black Cat 4.Lament For Miss Baker
5.Goodbye Jungle Telegraph 6.Tramp 7.Why (Am I Treated So Bad)
8.Kind Of Love-in 9.Break It Up 10.Season Of The Witch
11.I've Gotta Go Now (bonus track) 12.Save Me (bonus track)
13.Road To Cairo (bonus track) 14.This Wheel's On Fire (bonus track)

BRIAN AUGER AND THE TRINITY/DEFINITELY WHAT
1.Day In The Life 2.George Bruno Money 3.Far Horizon
4.John Brown's Body 5.Red Beans And Rice 6.Bumpin' On Sunset
7.If You Live 8.Definitely What 9.What You Gonna Do
Brian "Auge" Auger, Dave "Lobs" Ambrose, Clive "Toli" Thacker (vocals); P. Halling, S. Margo, A. Peters, C. McKeown, J. Harris, J. Hess, K. Albrecht, R. Mosley (violin); J. Harrison, T. Lister, K. Cummings, B. Thomas (viola); C. Ford, P. Willison (cello); R. Swinfield (flute); A. Hall, G. Bowen, D. Watkins, D. Healey, L. Calvert, S. Reynolds, D. Campbell (trumpet); C. Hardie, J. Simcock, B. Router, A. Reece, B. Altram (trombone); T. Randall, J. Buck, A. McGavin, I. Beers (horn).

JULIE DRISCOLL,BRIAN AUGER & THE TRINITY/STREETNOISE
side one:1.Tropic Of Capricorn 2.Czechoslovakia 3.Take Me To The Water 4.World About Colour
side two:1.Light My Fire 2.Indian Rope Man 3.When I Was A Young Girl
4.Flesh Failures
side three:1.Ellis Island 2.In Search Of The Sun 3.Finally Found You Out
4.Looking In The Eye Of The World
side four:1.Vauxhall To Lambeth Bridge 2.All Blues 3.I've Got Life 4.Save The Country
JULIE 'JOOLS' DRISCOLL(vocals,acoustic guitar) BRIAN 'AUGE' AUGER(organ,piano,electric piano,vocals) CLIVE 'TOLI' THACKER(drums,percussion) DAVID 'LOBS' AMBROSE(4 and 6 string elecctric bass,acoustic guitar,vocals)
recorded at Advision Studios,83 New Bond Street,London,England 1969
produced by Giorgio 'Rubbishenko' Gomelsky

JULIE DRISCOLL/1969
side one:1.A New Awakening 2.Those That We Love 3.Leaving It All Behind 4.Break-Out
side two:1.The Choice 2.Lullaby 3.Walk Down 4.I Nearly Forgot-But I Went Back
JULIE DISCOLL(vocal,acoustic guitar) CHRIS SPEDDING(electric guitar,bass guitar) JEFF CLYNE(bass、arcobass) MARK CHARIG(cornet) ELTON DEAN(alto) NICK EVANS(trombone) KEITH TIPPETT(arranged,piano,celeste) CARL JENKINS(oboe) BUD PARKES(trumpet) STAN SAITZMAN(alto) DEREK WEDSWORTH(trombone) TREVOR TOMPKINS(drums) JIM GREEGAN(electric guitar) BRIAN GODDING(electric guitar) BRIAN BEISHAW(bass) BARRY REEVES(drums) BOB DOWNES(flute)
produced by Jiorgio Gomelsky recorded in 1969

2008年03月13日

CASCADES 37

トラッド特有の変拍子 アーリージャズの影響
ハイブリッドなモダン・インストゥルメンタル・アンド・リズム
そして物語性ある歴史上の出来事などを歌ったユニークな歌詞
FAIRPORT CONVENTION
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 37

フェアポート・コンヴェンションは、'67年にロンドン郊外の北にある教会のホールで行われたコンサートが最初のギグで、ベーシストAshley 'Tyger' Hutchingsを中心に結成されたユニット。すでにその活動は40年以上も続いている。アイランドレコードと契約を交わしアルバム「Fairport Convention」を発表したのが’67年の終わりのことで、当初からメンバーのラインアップは目まぐるしく変わり、ヴォーカルにサンディ・デニーを迎え'69年セカンドアルバム「What We Did On Our Holidays」、バーミンガムのヴァイオリニストDave Swarbrickをフィーチャーし、ジョニー・ミッチェルやボブ・ディランの曲のカヴァーが収録された'69年サードアルバム「Unhalfbricking」を発表。彼らを有名にしたのはジョン・ピールのBBCセッションで、人気TV番組トップ・オブ・ポップスにも顔をだすようになっていて、ギターのリチャード・トンプソンがバンドの音楽を引率していた。この頃のフェアポート・コンヴェンションは前途洋々たるものだったが、バーミンガムのギグからの帰途での高速道路上の事故でMartin Lamble、 Jeannie Franklynを失なった頃からバンドに陰りのようなものが見え始めた。その後、'69年12月にクラシックでトラディショナルなアルバム「Liege And Lief」を発表。'70年Sandy DennyとAshley HutchingsはSTEELEYE SPANへの活動のためにバンドを脱退、入れ変わるようにフィドル、マンドリンなどを担当するDave Swarbrick、ベーシストのDave Pegg、ギタリストのSimon Nicolなどがバンドに加入し、'70年にはリチャード・トンプソンとデイヴ・スウォーブリックのオリジナル曲を中心したアルバム「Full House」を発表。アルバム・リリース直後今度はリチャード・トンプソンがバンドを脱退、'74年にサンディ・デニーは再びバンドに加わるが、'76年に脱退するなど、目まぐるしいメンバー交代劇が再び続きバンドの存続すら危うくなっていく。

FAIRPORT CONVENTION/TIPPLERS TALES
(VERTIGO 9102 022)
このアルバムはフェアポート・コンヴェンション消滅寸前の12作目にあたる'78年にヴァーティゴ・レーベルからリリースされた唯一の記念すべき作品である。このアルバム発表後から80年代を通して彼らはたいした活動もなく、事実上休息状態だった。これはスタジオ録音アルバムでは最後の作品らしいが、'78年といえば音楽業界はパンク・ムーヴメントのピーク時で、あの燃え盛るロンドン・バーニングの空気とのギャップを感じKYのごとく苦悩していたというが、結局ヴァーティゴとはこの1枚で契約解除されてしまった。しかしもはやロンドン・パンクは聴けないが、フェアポート・コンヴェンションは聴けるというのは何なんだ? 現在でも色褪せないフェアポート・コンヴェンションの60年代の作品「What We Did On Our Holidays」、「Unhalfbricking」、「 Full House」などの名盤が数多くあって、'67年デビューした時代はフォーク・サイケデリックな世界を歌い上げイギリス版ザ・バーズ、バッファロー・スプリングフィールドと呼ばれていた。ボクは当時プログレッシヴ・ロックの一端として彼らの音楽を聴いていたが、コミューン志向を持ったピッピー・カルチャーに影響された彼らならではの、メンバーたちが共同生活のなかで音楽活動を繰り広げていたことも懐かしい逸話である。そうした姿勢は現在のフェアポート・コンヴェションの音楽に確実に受け継がれている。不幸な事故に数多く見舞われたり、目まぐるしいほどのメンバー・チェンジを繰り返すバンドではあったが、サンディ・デニー、グラム・パーソンズ、デイヴ・ペグなど多くの有能なアーティストを生んでいることにも、トラッド、クラシックとひとことでは片付けられない彼らの音楽の特異性が表れている。フェアポート・コンヴェンションは、トラッド特有の変拍子、アーリージャズの影響、ハイブリッドなモダン・インストゥルメンタル・アンド・リズムと、物語性ある歴史上の出来事などを歌ったユニークな歌詞がその音楽の正体だ。彼らのホームページのバイオグラフィーの最後には、"Fairport did for real ale what the Grateful Deadid for LSD"と書かれている。

side one:1.Ye Mariners All 2.There Drunken Maidens 3.Jack O'Rion
side two:1.Reynard The Fox 2.Lady Of Pleasure 3.Bankruptured 4.The Hair Of The Dogma 6.As Bitme 7.John Barleycorn
DAVE SWARBRICK(fiddle,mandolin,mandocello,vocals)
SIMON NICOL(electric and acoustic guitars,dulcimer,piano,vocals)
DAVE PEGG(bass,mandolin,guitar,vocals)
BRUCE ROWLAND(drums,percussion,electric piano)
produced by Fairport Covention
engineered by Barry Hammond
recorded February 1978 at Chipping Norton Studios
VERTIGO 1978

http://www.fairportconvention.com/

2008年03月14日

CASCADES 38

例えるならイギリスのアンティーク・ショップの隅っこに
埃に塗れて置いてある飛び出し絵本や
ドイツの絵本作家エルンスト・クライドルフの
「花のメルヘン(Blumen-Mrchen)」世界が
クラシカルで美しいフォークロックで歌われ描かれている
MAGNA CARTA
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧 38

MAGNA CARTA/SEASONS(VERTIGO 6360 003)
マグナカルタは'69年5月10日、Chris Simpson(ギター、ボーカル)、Lyell Tranter(ギター、ボーカル)、Glen Stuart (ボーカル)によってロンドンで結成された。ジェントル・バラード・スタイルと神話的世界を歌う彼らのフォークロックは、当時それほど話題にはならなかったが、バンド名になっている1215年6月15日に制定された63か条から成るイングランドの憲章「マグナカルタ」の、王の権限を限定する法での前文はいまも廃止されずに現行法として残っており、成文憲法を持たないイギリスにおいて憲法の一部として残されている。"教会は国王から自由である、王の決定だけでは戦争協力金などの名目で税金を集めることができない、ロンドンほかの自由市は交易の自由を持ち、関税を自ら決められる、自由なイングランドの民は国法か裁判によらなければ、自由や生命、財産をおかされない"などにみられる、法の支配、保守主義、自由主義の原型は、伝統を重んじるイギリスならではの、またアメリカ合衆国建国の理由にも使われている憲章で、彼らの音楽の保守的で自由な精神と重なり合わせていた。Trenterがオーストラリアに戻るまでの、確か3年の短い期間にフォンタナから「Lord of The Ages」、「Songs From Wasties Orchard 」などの作品がリリースされていたが、このアルバムは'70年にヴァーティゴ・レーベルから発表されたセカンド「SEASONS」で、A面は四季をテーマにした物語り風の組曲で、ストリングスやブラスが多用され、なによりもギブソンのナイロン弦の音色が美しい。ゲストで、後にSTRAWBSに加入するリック・ウェイクマンのキーボード、後にエルトン・ジョンと「Smile Face」などの作品を発表するエレクトリック・ギターのDavy Johnstoneのプレイも聴ける。それに加えアレンジ、コンダクト、レコーダー、フェンダー・ベースに、70年代のデヴィッド・ボウイの殆どのアルバムやT.REXの「ELECTRIC WARRIOR」初め多くの代表作をプロデュースし、グラム・ロックの火付け役となったTony Viscontiの名前がクレジットされているのも、当時彼らの音楽に興味を惹かれた大きな要因だ。
マグナカルタの音楽を例えるなら、イギリスのアンティーク・ショップの隅っこに埃に塗れて置いてある飛び出し絵本、あるいはドイツの