21世紀を生きるためのバランスのとれた新しい価値/秩序 そして音楽
70-90年代のベルリン、ニューヨーク、そしてロシアのショッキングなアンダーワールドをドキュメントした異色作品であるMiron Zownirの写真集「Radical Eye」にみられるように、奇形、逸脱、狂気、倒錯、死の臭い、シュールな世界にいまのボクは用はない。70年代の「ロックの時代」に嫌というほどこのようなラジカル・アイを見てきた。
http://www.mironzownir.com/
こうした写真集や美術書、マニアックなレコードを蒐集して悦にいってるディレッタント『dil・et・tante /dltnt, ‐tnt|dltnti/ ( 〜s,‐tan・ti /dltni,‐tn‐|‐tnti/) 文学・芸術の愛好家; 好事(こうず)家,ディレッタント. しろうと芸の,ディレッタントの.イタリア語「…喜びを見い出す人」の意』と呼ばれる人たちは、80年代の頃と比べると比較にならないほど多くなった。輸入書店や画廊、レコードショップなどで「アート」っぽいフリをしたそうした人を見かけると、つい笑ってしまいたくなるのだが(失礼!)、アートなんてなんの糞の役にもたたない。病に感染し誘発するだけだ。もはや引っ越しセンターだって「アート」なんだぜ。こうした、さも意味ありげな世界を肯定する人間を信じないほうがいいよ。そういう奴に限って、波風の立たない凡庸な日常を送っているのだ。ボクらの生きている不条理な現実は、Radical Eye以上の混沌とした世界が日常生活のなかでもう既にみられる。毎日起こっている事件を見てごらん。世界も、そしてそれ以上に人間そのものが壊れてしまっているだろう。それに比べると写真集「Radical Eye」の世界なんてかわいいものだ。80年代の急進主義や過激論をいまや現実が超えてしまっている。ボクがいま欲しいのは、21世紀を生きるためのバランスのとれた新しい価値/秩序なのだ。それは音楽に対してもイコールだ。ディレッタンティズムとはしろうと芸、道楽の域を脱けきれない。あくまでも芸術愛好家なのだ。ボクはそうしたアマチュアとなにかしようとは思っていない。音楽をやっていても常に社会に対して責任をとるアーティストと仕事したい。だから、お願いだからキミが芸術愛好家なら、アーティスト面して分かったようなウンチクを傾けないで、いつまでもセンスいいギャラリーのひとりで居て欲しい。そして素晴らしいミュージシャンやアーティストを支えてあげて欲しい。ところでアンドロイドは電気羊の夢をみるか?だが・・。人間とは生命とは? 我々はアイデンティティを喪失して、おかしな価値観に支配されてしまって久しい。だからこそバランスのとれた新しい価値/秩序が欲しいんだ。メェ〜・・。
さて8/31の「Somethin' Else,Somethin' Nu」は、どう展開しようか? 1年間やり続けた「Hard Swing Bop」もどうやら最後まで理解されずに終わってしまったが、まずイエスタデイ・ニュー・クインテットやカール・クレイグ、ザ・スタンス・ブラザース、Kieran Hebden、Steve Reid、Eddie Henderson、Phil Ranelin、Charels Rouse、Juju Raga、Chris Bowden、The Cinematic Orchestraなどを素材に何か新しいものが下りてくるまで、待つことにしよう。
追記 '07 9.1 am7.24
31日の「Somethin' Else,Somethin' Nu」でYNQを太い柱にスタンス・ブラザーズなどのアブストラクトなジャズと、音響系のKeiran Hebden、70年代のストラタ・イーストやSteve Reidのスピリチュアルなジャズ群を繋いでいくと、やはりとてもドープなうねる空間がフロアに現出した。これは90年代にMOWAXなどで構築したアブストラクトなジャズとは異質で、もっとスピード感の伴った帯状になったカオス世界という感じだった。ここまでくるともはやクラブジャズではなく踊ろうにも踊れないが、ロックからノイズ、音響系、フリー、アブストラクトなどの音楽潮流の好きな人にとっては、未知のドラッグミュージックという感じで新たなジャズとして発展していくかも知れない。それにはYNQのような音楽がもっと数多く表出するのを待たなければならないが。個人的にはこのグルーヴをFinn jazzやHard Bop以後の自分のDJイングのメインにしようとは思っていないが、機会があればたまには実験的に遊んでみてもいいと思っている。昨夜は打ち合わせしたように不思議と新顔の若いクラウドたちや珍しく若い女性客の顔もみられ、少しはこのイヴェントも定着し始めようとしているのかなと勝手な期待を抱かせてもらったが・。最後に、来て下さった方に、ありがとう。
詩人 パンクス 小笠原淳
小笠原淳という詩人がいる。正真正銘の詩人だ。
彼のレコードプロデュースすることをここで予告し、宣言しておく。
それもひさしぶりにパンクだ。運命なのか奇跡か? それともなにかの悪戯か? 若い彼とアンガジェの精神、実存主義精神が共有できたからだ。信じられるか? ボクは奴のような存在をずっと待っていたのかも。小笠原のなかに町田ではなく、30年前の裸のラリーズの水谷をみてしまったのかも知れないな。とにかく、凄いアルバム作ってやるぜ!!
http://blogs.dion.ne.jp/junxiaoli/archives/6137843.html
http://www.d6.dion.ne.jp/~chun_mei/
'07 9-5 am4.25
'07 9/9 5.10
アクセス解析(利用統計)をみてみると、一日に平均500人のひとがこのホームページを訪問し、一日あたり16000-20000のヒットがある。直接このブログに来る人が大半以上だから表紙のカウンターは数字通りではないが。ところでボクがブログを始めてから、まだ半年ほどしかたっていないが、始めてから気付いたことだけれど、現在のネット市民社会の誹謗中傷中毒患者の多さと(ボクに石を投げてきた輩がいたから、投げ返してやったら、とたんにシュンとなっちゃって、コミュニケーションすら持てない)、いい歳こいた人間がイデオロギーもなにもない情緒的な日記や、お茶飲み話に興じていたり、その噂話のようなブログを書いていることで、さも社会に参加し発言しているように錯覚しているひとが多過ぎることなどを見て、ブログを近々辞めようと思っている(3年間やってきた「jaz' room nu things」もついでにリセット/総括して、新たに出直そうとも考えています)。よくよく考えればボクにネット市民社会なんて関係ないよな。「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」のようなシンポジウム団体でもあるまい。音楽の先端でのほんとの情報をこのブログやjaz' room nu thingsという場を使って配信しようと始めたけど、毎回ボクのDjイヴェントに顔をみせてくれていた人ですらHard Bopを単に不良の音楽だと批評した文章を読んでもう絶句したよ。もはや先端音楽の情報を流す必要もないかと決断したが、ボクを支持してくれているひとがいたなら許してくれよな。
Comment (7)
阿木様
31日のSomethin' ElseSomethin'Nuは、評判も良かったみたいですね。YNQを軸にしてDJイングされたとの事、偶然にも僕のリクエストに応えて下さった形になって嬉しかったです。残念ながら、当日仕事でいけなかったのですが、追記を読ませて頂いて当日の模様が書かれているのを見て、正直すごく行けなかった事、後悔してます(笑)せっかく、大音量でNYQを聞けるチャンスだったのに…
また、次はどの様な展開を考えておられているのでしょう?
数年前、初めてお店に伺った時、FCQのTHE DEVIL KICKSをかけて下さり、その時以来nu jazzにハマっております。
また次回楽しみにしています。
ところで、KERKKO KOSKINENのCD手に入りましたでしょうか?探しているのですが、見当たりません。
長々と書き込んでしまいました。申し訳ありません。
投稿者: 東山 聡 | 2007年09月03日 02:06
日時: 2007年09月03日 02:06
東山 聡クンへ
Kerkko Koskinen のCD「 Agatha」のことを、この間、メールで直接アンチ・エーリカイネンに問い合わせしたところ、ニッポンでの「Agatha」のライセンスは調整中で、現在のところ残念ながらニッポンでは発売の目処はたっていませんとのことでした。輸入盤としても店頭に並ぶことはなさそうです。どうしても早く欲しいならフィンランドにでも行って手に入れたらどうでしょう。まあ、それは冗談ですが、慌てないで待っていれば、いづれ何らかの形で発売されるでしょう。彼はこのCopyをボクに送ってくれると先週に約束してくれましたが、まだ届いていません。それよりもティモ・ラッシーの来日は正式に決定しているとのことです。興味のあるかたはコロンビアにでも問い合わせされたらどうでしょうか。
投稿者: 阿木 譲 | 2007年09月03日 04:43
日時: 2007年09月03日 04:43
ずっと探していたアーティストを発掘されたようですね!!おめでとうございます。
素晴しい作品を世に送り出してくださいね!
投稿者: Amy | 2007年09月06日 02:03
日時: 2007年09月06日 02:03
80年代の後半から失われた10年といわれる90年代へ向かうあの時代は、ボクの活動のステージがロックからクラブミュージックへと変移し、未完にしたまま放りっぱなしにしていたロックやパンクに、少なからずいまも社会的責任を感じていて、小笠原というパンク詩人のレコードがもし完成にまで至るなら、それは現在のJ POPやフジ・ロック・フェスなどにみられる「ロックの嘘」へのボクの文学的な回答といえるでしょう(これはボク個人的な思いだけれど)。ロックやパンクとはこういうものなんだと。小笠原をプロデュースしようと思ったのは、彼には運命的な巡り会いのような直感が働いたんだ。彼はホンモノだよ。誤解されたくないから言っておくけど、だからといって「ジャズ的なるもの」を捨てるつもりはない。だけど「ジャズ的なるもの」という記号も彼のパンクミュージックにこっそり潜ませるアイデアもあるんだ。アルバムが完成するのは、きっと来年になるだろうけれど、楽しみにしておいて下さい。ところでAmyさん、ひとのこと言ってる場合じゃないだろう。ジャズヴォーカリストとしてのキミの活動は?
投稿者: 阿木 譲 | 2007年09月06日 04:34
日時: 2007年09月06日 04:34
楽しみにしてます☆
これからものびのびと自分のうたを歌っていこうと思っています。11月にnu thingsでジャズライブをさせていただくことになりそうです。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m
投稿者: Amy | 2007年09月07日 01:35
日時: 2007年09月07日 01:35
阿木 譲 様
Hi,
ようやく涼しくなってまいりました。何事もクール、ヒンヤリしたのがいい、ですね。昨夜はどうも。お気遣いを感謝しています。また例の件、近々にコンタクトさせていただく所存でおります。追っての沙汰はまたいずれ。 さて当方本日久々に、貴兄のブログを拝見いたしました。以下はSeptember 9,2007付けでの、あなたの記載事項に関する、私のコメントです。
>その噂話のようなブログを書いていることで、さも社会に>参加し発言しているように錯覚しているひとが多過ぎるこ>となどを見て、ブログを近々辞めようと思っている。(中略)>もはや先端音楽の情報を流す必要もないかと決断したが、>ボクを支持してくれているひとがいたなら許してくれよな。
★私、中西は常に「実名投稿派」なのですが、それですら、コメントのやりとりを重ねていく中で、自らが、得意げに高慢にそして恥知らずになっていくのが判り、いささか暗澹たる気持ちです。(先日丁度その旨を、とある知り合いのブログ主に伝えたばかり) WEB・LOGは、庶民にとってもはや、「この世の憂さの捨て所」ともなっているのでしょう。善きにつけ悪しきにつけ。それが現状です。自戒せねばなりません。
阿木さん、
私はあなたが、「根は涙もろい人情家」のナニワっこであることを知る一人です。任侠の人、あなたはいつも私らの方を振り返る。本当は先へと進みたいのに。そのしょ〜む無いグチに付き合って、限られた才能を消耗してしまっていてはもったいないですよ。あなたには時間がありませんからもっと、仕事の「優先順位」をハッキリさせた方が良いです。心からそう思う。
そして、本当のコトバが欲しいヤツは名乗り出て、あなたに正面切って、逢いにいけばよい。そう、昔の私らがそうしたように。
私は未だ、あなたほど生真面目で愚直で哀れなほどに優しく、愛に満ちた人を知らない。そしてそれは報われるべきである。
★★それから、何らかの「所信表明」は続けるべき、です。私は先端音楽にさほど興味がないのですが、阿木譲のモノの考え方には得るところ、大です。多分、みんなソー思っている。なぜならあなたのエゴは宇宙大なので、文句のつけようがないからです。ずいぶん、「ネタの宝庫」とされていることでしょう。要は情報の出入りが釣り合うべく、フィードバックのループが有効に機能できること。今後はコレに尽きると思います。
で、くれぐれも「クール」どまりで願います。あなたは確か、おお昔にGONGのD・アレン=ビート族の生き残りにすら、「君はコールドやねェ」といわれてる。短気は損気。最後にそこのところひとつ、よろしく。〜以上長文、御免下さい。ではまた、ごきげんよう!
Thanks and best regards,
投稿者: 中西信一 | 2007年09月11日 02:37
日時: 2007年09月11日 02:37
おいおい中西クン! 偉そうなこと言ってないで、キミも失われた10年のおとしまえをそろそろつけろよ。ボクに時間がないように、キミにもだぞ。頼むよ!
投稿者: 阿木 譲 | 2007年09月11日 03:05
日時: 2007年09月11日 03:05