WHAT IS ROCK?
JIMI TENOR
●JIMI TENOR meets KABU KABU/SUNRISE(SAHKO PUU33)
●JIMI TENOR & KABU KABU with special guest NICHOLAS ADDO NETTEY /JOYSTONE(SAHKO PUU-34LP)
去年あたりから再び精力的に活動を再開したジミ・テナーの12インチシングル「SUNRISE」は、パーカッション/リズム楽器を強調したアフロ/ラテン・グルーヴィーな太陽讃歌といわんばかりのジャズ・フュージョンだ。この曲以外でも他に2曲ファイヴ・コーナーズ・クゥインテットのユッカ・エスコラとティモ・ラッシーがトランペット、サックスで参加している(アルバムでは7-8曲演奏しているが)。このSAHKO傘下にはJAZZPUUやKEYS OF LIFEなどのレーベルがあり、音響系のレコードなどもリリースされているが、JAZZPUUからのEERO KOIVISTOINEN KVINTETTI & SEKSETTIの「ODEYSSEUS」(JAZZPUU-10)は、まさにFINN JAZZといったサウンドスケープを持つnu jazzを展開していて注目に値する。2枚組「JOYSTONE」は、ジミ・テナーが2003年にRushhour/Kindred Spiritsからサン・ラの「Love in Outer Spece」の7インチ・リミックスなども手掛けていることからも推察できるアフロファンクでスピリチュアルでスペーシーなジャズをここでは展開していて、クラブジャズのエッジな部分を的確に押さえていて聴き応えのあるアルバムだ。こうした音楽以外にも2006年にドイツ・グラモフォンからリリースされた「DEUTSCHE GRAMMOPHONE RECOMPOSED」(cd 002894765676)でのスティーヴ・ライヒ、ピエール・ブーレーズ、エリック・サティなどの現代/近代音楽をリコンポーズ、アレンジしたアルバムを発表しているが、彼の並々ならぬ多才ぶりは計り知れない。ジミ・テナーはフィンランドの音楽シーンでは最重要人物。
KOOP
●KOOP/KOOP ISLANDS(COMPOST 234-1)
●KOOP/WALTZ FOR KOOP(COMPOST JCR-021-1)
北欧のnu jazzの先駆けとして現れたスウェーデンのクープ。彼らのホームページでの「Come to Me」のヴィデオを観ると、20-30年代のスウィングジャズのノスタルジアとヴォーカルのユキミ・ナガノの東洋人ならではのエキゾチシズム、クープのマグナス・ジングマークとオスカー・シモンソンの倒錯したエロティシズムが相まって独特の耽美世界が描かれている。初めて彼らの音楽に触れたのは、2001年にドイツのジャザノヴァ・コンポストからリリースされたアルバム「Waltz for Koop」を聴いた時だ。このアルバムを聴いた瞬時に思い浮かんだのはオーストリアのG-STONEレーベルから95年「G-STONED」、98年「THE K&D SESSIONS」などの作品をリリースしていたクルーダー・アンド・ドルフマイスターのトリップホップだが、それをよりシネジャズやスウィングジャズの時代に接近させたクープにバロキシズム=ロックの現在形をみた。ヨーロッパならではの狂おしいほどノスタルジアで耽美な世界。アルバム「KOOP ISLAND」ではより腐った果実が放つ前の甘酸っぱいノスタルジアの匂いを加速させていて狂った夢をみるように美しい。
NOSTALGIA 77
●NOSTALGIA 77/EVERYTHING UNDER THE SUN(TRU THOUGHTS TRUCD123)
クリス・ボーデンの「SLIGHTLY ASKEW」でもヴォーカルで参加していたLIZZY PARKSなどをフィーチャーしたノスタルジア77の「Every Under The Sun」。イギリスの南部の海浜保養地である都市ブライトンのTru Thoghtsレーベルからリリースされている彼の作品は「The Garden」しか聴いていないが、コンポーザー、ベン・ラムディンのモーダル・ジャズは北欧ジャズに通じる静謐なグルーヴを持っている。ここではよりスピリチュアルな世界を描いているが、それも黒っぽいグルーヴというのではなくスタイリッシュなチルアウト・グルーヴという感もありイギリス人らしい。このアルバムをKOOPに対するUKジャズの回答などとどこかの評論家が書いていたが、とんでもない。
J.SWINSCOE/THE CINEMATIC ORCHESTRA
●THE CINEMATIC ORCHESTRA/BREATHE(NINJA TUNE ZEN12195)
J.Swinscoeの世界は、音響を聴くことによって頭脳に浮かぶシネマチックな抽象的イメージを構築することだ。音楽は聴く者によってその受け取り方は多種多様である。それが音楽が本来持つ抽象ゆえの自由さであり、同じイメージを描いた者同士がスムースなコミュニケーションを果たせる愉快である。彼の音楽は極論すればブライアン・イーノが70年代に未完にしていたアムビエント・ミュージック世界をクラブシーンのなかでジャズという記号を使い再現していると言えるかも知れない。シネマチック・オーケストラの12インチシングル「Breathe」でのColoursという曲を聴いているとイーノの75年の「Another Green World」や77年の「Before and After Science」などの世界に引き戻されてしまう。もうすぐダブルアルバム「Ma Fleur」(ZEN122)が発売されるが、喪失と愛と不在をテーマに彼の音楽は常にロウ・エモーションから始まる「To Build A Home」から「Time And Space」までの11曲はメランコリックな憂愁の感情で満ちているのだろうか。
●THE CINEMATIC ORCHESTRA/EVERY DAY(ZEN59)
●THE CINEMATIC ORCHESTRA/MAN WITH A MOVIE CAMERA(ZEN78)
彼の過去の作品は数多くあるが、2002年発売のダブルアルバム「EVERY DAY」と29年に作られたソビエトの無声ドキュメンタリー映画にスウィンスコアがサントラとして作曲した2003年のダブルアルバム「MAN WITH A MOVIE CAMERA」を紹介しておこう。(ここで紹介したアーティストの90年代の古い作品などは、ボクの編集したINFRAやBITで詳細に記録してあるので)。自分で検索すればいまやネットはすべてに通じているので、ボクはあえてBLOGにリンクを張っていないが、こうした映像のすべてやシネマチック・オーケストラ、KOOPの映像などもYouTubeでみられるので、細かくチェックされるといいだろう。無精モノのために今回だけTCOの映像をみられるYouTubeをリンクしておいてあげるからどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=lwMkNv79zUM
29年前後の頃のソビエトといえば「声のために」「ミステリア・ブッフ」「素晴らしい!」などのデザイン運動を展開していたボクの大好きなアヴァンギャルドの中心的人物マヤコフスキーが自殺したり、ロシア・アヴァンギャルドの一つの終焉を象徴する出来事が多くあった。スターリンが政権を握った後のアヴァンギャルドに対する多くの粛清、国内での批判、芸術全般に対する厳しい制限など1925年あたりからその兆しをみせ、それに対抗してきたマヤコフスキーやその死を乗り越えて抵抗したメイエルホリドが40年に銃殺されるなどアヴァンギャルドは完全に消滅した時期で、なにもかもがうやむやにされたこの時代を知る上でもこの「MAN WITH A MOVIE CAMERA」は貴重な映像だ。ロックの先端は今日紹介したアルバムや先日紹介したアブストラクト・ヒップホップにある。こうしたものこそクラブシーンをイニシエーションした後のロックの現実の姿なんだ。
今日は初めて本音を話すよ。日本ではバブル景気が崩壊した後1991年頃から2000年代初頭の10年余りの期間を"失われた10年"と呼ぶ。当時のことを複合不況や平成不況と呼び単に経済論だけで語ることは多いが、日本の90年代は国も会社も個人も目指す方向を見失い当てもなくさまよっていて、当時の音楽業界やミュージシャンたちもロックからクラブミュージックに突然変異し新たな音楽があれほど表出していたにも関わらずノイズ、スカムなどから前進することなく、その病状を悪化させて自滅していった。当時の20-35歳の世代は、これこそロスト・ジェネレーションの"運命なんだ"というキーワードを手に、自分の今の出口なしの状況を"仕方ない"を口癖に容認しながら、スピリチュアルとかオカルトとか前世とかオーラとかで納得しオウム真理教にもにた精神世界のなかに自閉していった。ボクは横目でそれを見ながら密かに掌握していた新しいヴィジョンを持った音楽情報を誰に教えることなく、自分のなかだけに仕舞い込んでおくことを決心した。それはある意味でボクのロックファンに対しての陰湿な仕返しだったのだろうと思う。あの頃のボクのロックに対して持つ挫折感はキミが思っている以上に救いようがなく、日々絶望感のなかで苛まれていた。読者に対しても、ロックファンに対しても、スタッフだった人間に対してもね。いま思えば恨みや殺意さえも抱いていたかも。80年代の終わりに過去の音楽概念を刷新するクラブミュージックやアシッドハウスが表出してこなかったら、きっともうここにはいなかっただろう。90年代初頭、クラブM2やカフェ・ブルーにEというミュージシャンが来たとき、ボクのDJイングを聴きながらフロアに座り「阿木もクラブなんか経営しちゃって、ハウスなどかけるようになったらもう終わりだな」と嘲笑していた。彼らはスカムやノイズという出口なしのエセ共同体に逃げていったまま結局メジャーにもなれず負け組になってしまったが。それに当時クラブカルチャーやダンスミュージックやボクを批判していたEは時代遅れのダサいハウスミュージックを今頃になってDJ イングしているんだとか。そう、nu jazzやHARD BOPが理解できないのは、キミの時間軸が止まったままになっているからだ。それほどあの"失われた10年"というのは大事な時代だったし、21世紀を見据えた新しい音楽が続々表出していた時期だった。最近なぜかロックマガジンの40代になった元スタッフや読者がたびたびjaz' room nu thingsに顔を出すことが多くなった。でももうボクはキミたちになにもしてあげられないよ。残念だが、キミたちがあの"失われた10年"を取り戻しこの地平に立つのはよほどの覚悟がないかぎり無理だ。だから死ぬまでロックやノイズを聴いていればいいんじゃないの。それがカッコいいんだろう。でもキミに内在しているロックという病はいずれキミの生活にリアルに影を落とす日がくるだろう。
Comment (2)
先週末はありがとうございました。
Infraでのemail interviewにおけるJ.Swinscoeとの阿木さんとのやり取りの中で、彼が自分を「現代音楽の作曲家」であると意識しているのを理解した時、20世紀の現代音楽の楽壇と、テクノなどのエレクトロなものであるとか、サンプリングカルチャーみたいなものが自分の中で一本の流れとして理解できました。Bowdenの凄さも。私はロック的な音楽にはまったくと言っていい程イニシエートされていないという自覚があります。阿木さんと音楽の話をさせて頂く時にこの部分の断裂というのが非常に重たいのではないかとも思っています。そうしたものに没入するつもりはないのですが、それも知っておかないといけないなぁと考えるのであります。
投稿者: 辰巳哲也 | 2007年05月16日 10:52
日時: 2007年05月16日 10:52
音楽はいつの時代でも、その時代を生きる人間の集合的無意識の反映されたものだ。それは言い換えれば人間の欲望そのもののことなんだが。欲望のなかで最も強いのは"もっと欲しい"と願う性欲のリピドーだが、特にロックは強いリピドーの源泉から発生してくる、とボクは考えている。ロックミュージックは、同じスタイルの建て売り住宅が並んでいる世界に住む郊外居住者の音楽で、その空想は自己破滅的/世界滅亡的なもので、だからこそボクはロックに内在するヤバい病をみる。昨日の母親殺しなんて、まるでロック的な病なんだ。ボクは精神科医ではないので、直感的なものでそう言っているのだが、だから音楽にはそのリピドーを発散させ、エクスタシーへと導く快楽的な部分が欠如したものは、若い音楽ファンは見向きもしないんだ。SOILの音楽がなぜ受けるのか? 彼らはジャズという形式をとってはいるが、本質はパンクの衝動だ。それだけのこと、簡単なことだ。ボクがハードバップをなんとかnu jazzの昇華したものとして展開しようとしているのは、ハードバップにある疾走感が、都市の強いリピドーとしてこれから十分使える記号だと考えているからだ。音楽を頭で理解するのではなく、いつまでも直感的/身体的に感じていたいからね。怖いのは若い頃にいったん刷り込まれた情報=音楽であれ映像であれなんであれ暴力的な衝動はいつまでも潜在的に眠っている。たかがノイズだロックだと馬鹿にしてはいけない。かならずそうした潜在的に眠っている病は自覚症状としてあらわれるんだ。
投稿者: AGI Yuzuru | 2007年05月16日 16:05
日時: 2007年05月16日 16:05