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Is it finished?

ブルーノート・レコードの楽しみ方は、その音楽だけではなく他にもある。それは、ウェストコースト系のレコードのジャケット・フォトやスティーブ・マックイーンを撮り続けていたウィリアム・クラクストン(WILLIAM CLAXTON)の写真そのものがジャズであるように、BLUE NOTEでのREID MILESのデザインやFRANCIS WOLFFの写真もジャズそのものであるということだ。つまらないジャズを聴くくらいなら彼の写真を眺めているほうが、よほどリアルにジャズが聴こえてくる。ボクは、雑誌の編集、レイアウトという仕事を通じて、まずアレクセイ・ブロドヴィッチのファッション写真、グラフィック・デザインに興味を持ち、彼の創造の要になっているインスピレーション、強いエゴ、誰よりもはやく他のひとがやらないことをやるという姿勢や、アート・ディレクションにみられる合理主義、機能主義、構成主義的世界に最も影響を受けた。そういえばブロドヴィッチのデザインからもジャズが聴こえてくる。ボクはきっと音楽のなかに、そうした普遍的な美、モダニズムを求め続けてきたのかも知れない。音楽創造(作曲)はソニック・デザインだと言い続けているのも、そうしたボクの考え方に起因しているのだが。だからフリージャズやスピリチュアルジャズなどにある情緒的なものには、嫌いではないがどうもそれほど興味が持てないでいるんだと思う。なにごともスタイルから入ればいいんだといまでも思っているしね。もういちどくり返すけれど、BLUE NOTEレコードでのジャズは、その音楽以上にジャケット・デザインや写真にみられる無駄のないアーキテクトニックな構成美とモダニズムに興味を刺激される。ブルーノートにあるバウハウス的モダニズムは、もちろん創設者であるアルフレッド・ライオンや、フランク・ウルフがドイツ出身であるというところが大きいだろう。ここに紹介しているレコードは、すべてがREID MILESのphoto & Designだが、CDでは楽しめないジャケ買いという楽しみ方がアナログ・レコードにはまだ残されている。

ANDREW HILL/SMOKESTACK(BLUE NOTE 84160)
新主流派と呼ばれるジャズだが現代音楽、フリーに接近したサウンドスケープがみえる。R.DAVIS、E.KHANによるツィン・ベースによるピアニスト、アンドリュー・ヒルの63年に発売されたアルバム。REID MILESの写真/デザインによるジャケットは、アブストラクトなスクラプチュア・フィギュアの後ろにたたずむヒルのモノクロ写真が使われている。それが60年代にさしかかった頃のジャズの抽象化をよりリアルに象徴している。
BOBBY HUTCHERSON/HAPPENINGS(BLUE NOTE 84231)
これも66年発表の新主流派のジャズ。まるでモード雑誌のなかの1ページを切り取ったかのようなREID MILESの写真が知的でオシャレでクール。それがボビー・ハッチャーソンのヴァイブの音色の透明感と緊張感をよりきわだたせている。このカッコよさが本来のジャズなんだ。ジャケットにこの写真が使われたことの彼らのジャズへの思いとその意味は重い。

LOU DONALDSON/GOOD GRACIOUS!(BLUE NOTE 84125)
63年作のブルージーなソウルジャズ、オルガンジャズ。とは言ってもアップテンポのハードバップ風の曲もある。RONNIE BRATHWAITEの写真、REID MILESのデザインによるモノクロのジャケット。すれ違いざまに女性のヒップを追うドナルドソンの視線が、このアルバムでのファンキーさを象徴している。

BIG JOHN PATTON/GOT A GOOD THINGS GOIN'(BLUE NOTE 84229)
66年作。写真/デザインともにREID MILES。GOGOダンスを踊る黒人ダンサーの写真をコマ割りにし、そのエモーショナルな動きを強調させている。BIG JOHN PATTONのオルガンはジミー・スミスよりもテクニックはないが、どこかに垢ぬけたモダンさがあってブガルー、GOGOのようなダンスで踊っていたこの時代の雰囲気を最も的確に表していてボクは好きだ。
BIG JOHN PATTON/LET 'EM ROLL(BLUE NOTE84239)
好きついでにパットンの65年作のアルバムをもう1枚。REID MILESの写真のモデルが着ているワンピースのジオメトリックなテキスタイルは、当時サイケデリックな感覚としてよく流行っていた。ビッグ・ジョン・パットンの明るくてスウィンギーなオルガンジャズは、聴くというよりダンスミュージックとして発売されたものだ。

THE HORACE SILVER QUINTET/THE CAPE VERDEAN BLUES(BLUE NOTE 84220)
65年作。ホレス・シルバーのここらあたりの音楽はラテンやアフロなどのアーシーな匂いも感じられ現在のクラブジャズに最も近いものだ。トランペット、トロンボーン、テナーサックスの3管編成も時代にあっている。ここでのREID MILESのアーシーでトロピカル風の写真もまた新しい記号として充分生きているしね。クラブシーンからこのアルバムで聴かれるジャズを演奏するミュージシャンがそろそろ現れてもいい頃なのにね。
BENNIE GREEN/WALKIN' & TALKIN'(BLUE NOTE 84010)
ジャケットにはFRANCIS WOLFFの写真とREID MILESのデザインが使われているトロンボーン奏者ベニー・グリーンの59年の作品。60年代に入るとブルーノートでのレコードは、まるで恋愛映画のワンシーンのような男女がからむカラー写真が多く使われるようになったが、それはなによりもジャズにドラマチックな物語性(POP性)を持たせようとする彼らの戦略だったのだろうか。

ここで紹介したレコードはいまではすべてが稀少価値というプレミアムがついて、高いものでは1枚が10000yenを下らないし、安いものでも5000yenはするだろう。人間って不思議なもので、高い代価という金銭を支払うことによってでしか、その音楽に近付けないし感情移入しないし、音楽を楽しむことができないものなんだ。

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Comment (6)

jazz:

"高いから良い"と言う訳でもないですけどね。

オリジナル盤だとそういう価格というのはあり得ますね。私はCDで買えるものはCDで買ってしまうのですが、アナログだとやはりプレスによるサウンドの違いというのはあるのでしょうか?CDだとリマスターとかで多少の変化があるようですが。

AGI Yuzure:

jazzさん。キミの"良い"というのは音楽が良いのか、それとも他の事なのか抽象的過ぎて分からないけれど、やっぱり高いものはいいものが多い。"安物買いの銭失い"ってよく言うじゃない。ボクがここで言いたかったのは、そんなことじゃなく、なにごとも高い代価を払ってこそ、ひとはそれと引き換えたモノや音楽に執着し感情移入できるということなんだ。
辰己クン。プレスによるサウンドの違いがあるかないかだけど、勿論あるだろうし、再生装置(オーディオ)によっても違いがあるのは当然だよ。やはりジャズ・ミュージシャンらしいコメントだね。ボクはレコードやCDに生音に近い音を求めているわけじゃない。傷ついたレコードでも気にならない。そのプツプツいう音さえも楽しめる。部屋のなかで聴く音楽はその空間のなかで流れている気配や空気感を楽しんでいるのかも。だから部屋という空間で聴く音楽には、レコードの音楽も第一だけれど、椅子や家具、聴きながら飲むティーカップなどのデザインもボクには大事なんだ。

阿木さん
私自身は聴ければどんなメディアでも構わないんです。阿木さんがHard Swing Bopで回しているレコードは状態の良いものがほとんどですし、ひょっとしてそうしたことにも多少こだわっておられるのかなぁと思ったのです。ことジャズについては新品より中古LPのジャケットについた時代や味みたいなものにも親近感を感じます(ノスタルジーというのとはちょっと違うものです)。

jazz:

阿木さん。コメントわざわざありがとうございます。
そして非常に抽象的な表現で申し訳ありませんでした。

上で辰巳さんが書かれていますが、私もオリジナル盤だろうが、リイシューだろうが、メディアにはこだわっていません。希少盤や有名盤(ブルーノートレーベルのもの等)などの価格が上がり、評価され、演奏内容以上に"レコード自体の価値"に重きを置かれている現状に疑問を感じています。(阿木さんがそうと言うわけではありません。)このような作品の影に隠れ、いいレコード(人それぞれ感じ方が違うとは思いますが)が正当に評価されていないように感じ、とても歯痒い思いです。

あくまで個人的な意見ですが、安くても素晴らしい演奏に対しては感情移入は出来ますし、楽しむことだって出来ると思います。(私自身、1000円程度のレコードでも、大好きで聴き続けているものは沢山あります。)
非常に長くなった挙句、全然文章がまとまっていなくてすいません。阿木さんの考えを否定したいわけではありませんので、あしからず・・・。バップが好きな人間として、Hard Bop Swingにはひどく感心しています。

AGI Yuzuru:

Jazzさん。キミもひとよりも感性が勝れているんだよ。
いつの時代でも売れているものはダサくて、いいものは正当に評価されたことがない、というのが世の常だ。売れるというのはイコール大衆に支持されるということなんだから、感覚が勝れていて時代よりも先を歩いている小数派の好む音楽が大衆などに支持されるはずがない。ボクの役割なんていつも新しい種を蒔いて芽が出るのを待つだけで、収穫するときには東京の業界人がそれを刈り取って商売しているよ。nu jazzの次はHARD BOP。みててごらん、ソロソロ東京のクラブジャズ系の評論家やDJたちが口にし始めるから。

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2007年04月12日 02:14に投稿されたエントリーのページです。

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