正確に言えば、nu jazzの起源はTHE FIVE CORNERS QUINTETの10インチシングル"TRADING EIGHT/BLUEPRINT"(RICKY-TICK RT001)が発売された2003年にある。その後、彼らは"THE DEVIL KIC KS/THREE CORNERS"(RT 002)、"CORNERSTONES EP"、"DIFFERENT COR NERS"(RT003)などのシングルを立続けに発表し、2005年にマーク・マーフィーをフィーチャリングしたアルバム"CHASIN' THE JAZZ GONE BY"という2枚組アルバムを発表するに至り、nu jazzというジャンルがはじめて確立されたと言えよう。RICKY^TICKからはその後、シングルJUKKA ESKOLA"BUTTERCUP/1974"(RT005)、TIMO LASSY"AFRICAN RUMBLE/HIGH AT NOON"(RT008)、DALINDEO"POSEIDON/SOLIFE R-LENTO"(RT004)と"GO AHEAD,FLOAT/VOODOO"(RT009)、コンピアルバム"ON THE SPOT/A PEEK AT THE 1960'S NOR DIC JAZZ SCENE"(RT011)などの作品をリリースしている。また2006年にはFREE AGENTレコードからJUKKA ESKOLA"TIMBER UP/KULO"も発表されている。nu jazzを聴くならまずこのRICKY-TICK周辺をすべて押さえることだ。
その動きと共振するようにニコラ・コンテはイタリアのスケマ/ブルーノートから12インチシングル"KIND OFSUNSHINE/IMPULSO"(BLUE NOTE/SCHEM A SCEP382)とアルバム"OTHER DIRECTION VOL.1"(BLUE NOTE/S CHEM A SCLP386/1)、"OTHER DIRECTION VOL.2"(BLUE NOTE/SCEM A SCLP386/ /2)を2004年に発表し、nu jazzというジャンルがようやく人々に認識されたと言っていいだろう。nu jazzと称して多くの作品が発表されているが、これがnu jazzのメインストリームであり、現在までそんなに多くの作品が発表されているわけではない。
こうした流れのなかでニッポンから表出してきたのが、NATIVEである。(音楽のシンクロニズムは不思議な現象である。世界のどこかで新しい音楽表出があると、かならず世界のあちらこちらで同じ音楽が表出してくる)。彼らとはアルバム"SNOBBISM"(STRIDE/INPARTMAINT SRIP9017)発表後の2004年からのおつき合いで、その後毎月といっていいほどjaz' room nu thingsに出演してもらっているのだが、椎原寛基がメンバーだった頃のネイティヴの音楽は彼のギターと中村智由のソプラノサックス、フルートの絡みが絶妙で透明感のあるノスタルジックで甘いサウンドを奏でていて、捨て難いものだった。彼に変わって新たにメンバーになった杉丸太一のピアノ、キーボードはスピリチュアルなグルーヴを持っていて、NATIVEが彼の加入により、よりクラブジャズ寄りのユニットとして新生した意味は大きい。ドラムスの山下佳孝をはじめ彼らNATIVEのメンバー全員が本来ジャズ畑の人たちで、個々NATIVE以外でも精力的な活動をみせている。
つい最近ドイツのINFRACom!から発売されたニコラ・コンテによるリワークは、ベースの大久保健一が作曲した"PRUSSIAN BLUE"をイタリアのジャズミュージシャンによって、2006年10月にバリでレコーディングされたものだが、FABRIZIO BOSSOのトランペットとGAETANO PARTIPILOのソプラノサックスの2管によるテーマユニゾンが、音の厚みを増幅させ、これからのジャズダンス、ハードバップとして再生されていた。この曲はおそらくnu jazzの名曲として後世に残るだろう。それほど美しい曲だ。NATIVEにとっては、このニコラ・コンテのリワークによる"PRUSSIAN BLUE"が、2002年から始まり現在まで続けてきた音楽活動の、一つの決着、総括という意味で大きな転換期を迎えていることのあらわれだと思っている。NATIVEが世界的な大きな成功を収めるのも、もう間近かも知れない。
Comment (4)
FCQにしてもユッカにしても、彼等はライブでのMCの中では、自分達の音楽を「Finn Jazz」という形容をします。「クラブジャズ」なんて一度も言ってない。だからそれらをクラブジャズというカテゴリーに当てはめるのには少し抵抗があります。Ricky-tickのOn the Spotを聴いていると、FCQのグラスルーツが良く見えます。アメリカでコルトレーンが出てくるあたりからジャズに対する焦点が「即興演奏の可能性」みたいなところにシフトして忘れ去られたものがヨーロッパではグラスルーツとして残っていたということなのではないかという感覚を持ちました。日本は基本的にアメリカを向いているから、クラブ系と行ってもやはりジャムバンド系であったりスピリチュアルな記号が全面に出るということではないかと感じられます。
投稿者: 辰巳哲也 | 2007年03月31日 15:01
日時: 2007年03月31日 15:01
フィンランド産のジャズをFinn Jazzというのは当たり前の話。しかしnu jazzや彼らのレコードを買い支持しているのはクラブシーンに興味を持っている若者やDJが大半で、伝統的ジャズを聴いている人たちではない。ニッポンのジャズクラブの現場でのジャズの衰退ぶりはキミもよく御存じでしょう。それとDJたちと比較するとジャズ・ミュージシャンはまったく新しい情報に興味がないというか勉強してないし、レコードを買わないし聴かない。ボクはクラブジャズという形容はアブストラクトジャズやフューチャージャズで終わったと思っているからもうあまり使わないけれど、こうしたnu jazzはクラブシーンで支持され、nu jazzやジャズのリアルな現場がいまやダンスミュージック主流のクラブなんだから、クラブジャズと言ってもなんら間違っていないと思うよ。でもnu jazzがダンスミュージックかといわれると、ちょっとボクも抵抗あるかも。キミは踊れないしダンスがきっと嫌いなんだよ。
投稿者: AGI Yuzuru | 2007年03月31日 21:14
日時: 2007年03月31日 21:14
確かに踊りは全然ダメです。好き嫌い以前の問題です。経験なさすぎなので。そういうヤツが「クラブ的」な音楽を語って飯野かと思うことも多々あります。なのである意味課題です。
投稿者: 辰巳哲也 | 2007年04月01日 02:12
日時: 2007年04月01日 02:12
ミュージシャンがダンスできるできないという問題は自ずとその音楽に大きな影響を与えるだろうな。ジャズももともとダンスミュージックだったのに。人が踊れないことなどなくて、踊れないのは少なくとも心を解放できないからであって、羞恥心など取り払ったら誰だって踊れるんだと思うよ。ニコラ・コンテのネイティヴのリワークが、ジャズダンス・リワークという意味の重さもっと考えてよ。
投稿者: AGI Yuzuru | 2007年04月02日 01:35
日時: 2007年04月02日 01:35