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2007年03月 Archive

2007年03月13日

What mistakes did you make last time?

ボクの持っているoblique strategiesは、70年代の終わりにロンドンのメイダ・ヴェレのブライアン・イーノの自宅で、75年1月にエディションされた初版の500枚限定のなかの1箱をもらったもので、トランプ占いに似た黒いボックスケースです。これにはピーター・シュミットとブライアン・イーノのサインと、500枚のうちの298のナンバリングがされていて、時々取り出してはカードを引いて楽しんでいるのだが、人生なんて誤りや間違い、思い違いの連続で、だからこそ予測できないドラマチックな
謎に満ちた人生を楽しめるのだと、このカード遊びをくり返すたびに思う。かって音楽だって、そうだった。間違いや、errorから軌道修正するときに、常に運命的ななにかが始まる。だからボクは人生で起こる間違いそのものを楽しみ、決してそれから目を背けたり、逃げ出したりはしない。ボクにとってのoblique strategiesは、そんなことを意味する魔法の箱だ。

都市で暮らしていると、季節の変わり目を迎えると、いつも人も移ろい、去年まで顔を見せていた、あいつもどこかに消えてしまう。移動の季節。そしてまた新しい顔のあいつがボクの前に現れる。

2007年03月16日

spectrum analysis

バカがつくほど溢れる情報。そして多くのひとがその海のなかで溺れている。他人に干渉されたくもないのに、他人の持っているものを欲しがり、自分の家族だけを信じて生きていて、他人に干渉しなくても幸せだろうに、他人に嫉妬する。そう、あの80年代が終わる頃、すべてが終わり、すべてが始まったんだ。バカがつくほど溢れる情報。ボクはあの頃、テレヴィや、ラジオのスウィッチを切り、書物ももう読む必要なんかないと思ったし、過去聴いてきた音楽のすべてに告別した。そのなかで、ボクはなにを聴き、そしてなにを無視し、抑制するのか、その選択によって、21世紀はすべてが決定されるだろうことに気付いた。1000册の本を読むよりも、1枚のレコードで人生は変わる、と、音楽の持つ力と、イマジネーションを拡張してくれる潜在力、身体にダイレクトにくる快楽原則をいまでも信じている。

2000年に埼玉近代美術館で開催された"Plastic Age Art and Design"展で発行されたテキストの中のボクの原稿でも取り上げたが、無限の過去を意味するeternityと、re、retellをかけあわせた造語だろうか、20世紀のプロダクト・コレクションを編集した2枚のCD-ROMと7インチシングルが収められた98年に発売された"reternity"というボックスケースは、いまの"ジャズ的なるもの"という記号に繋がるもので、洋書ショップでみつけたら、買っておかれるといいだろう。バウハウスの校舎、30年代IBMの時計、そしてドアハンドルを含む20年代からの80年代までの家具、電子工学、展示物の数々へのバーチャル・ツアー。Alvar Aalto、Vico Magistretti、およびWalter Gropiusなどの現代主義デザイナーのインタビュー、ここに収められたレトロ・フューチャリスティックなインダストリアル・デザインの数々はほんとに素晴らしい。そしてこの"reternity"で知ったストックフォルム出身でニューヨークでも活動するフリー・フォト・ジャーナリストGunilla Kinnの存在。Money Taikではアダルトサイトに関しての、女性ならではの辛辣な批判的切り口をみせている。

2007年03月19日

Make an exhaustive list of everything you might do and do the last thing on the list

音楽配信による売り上げがシングルCDの売り上げを上回り、携帯電話向けの音楽配信が急成長している。ボクはipodや携帯で音楽をダウンロードし、サンプリング周波数を上げたシャカシャカした信号のような音楽を聴こうとも思わないし、ダウンロード可能なダサい音楽ソフトやコンテンツそのものにまず興味がない。だからといって時代に取り残される危惧もない。我々の立っているフィールドでは、そんな話とは無縁である。
とは言っても新しい音楽動向の情報をキャッチするには、CDではダメで、アナログで発売されたレコードをチェックしなければならないのだが、この2、3年輸入レコードショップに行っても、買いたいと思う新譜レコードが愈々少なくなってきた。以前ならば、月に少なくとも20万ほどを新譜レコード購入にあてていたのだが、最近は使っても3万程度である。去年の米タワーレコードの破産、廃業。
英HMVも日本での事業の撤退、売却が間近だといわれ、ヴァージンレコードの相次ぐ閉店などなど(ウォルマートやスターバックスでCDを売る時代だしね)。こうした状況をみていても、音楽産業はもはや斜陽を通り越して、右下がりの衰退、崩壊への急カーブを描き始めているのは確かだ。
さて、こうした音楽配信が音楽産業の中枢を占めている現象はなにを意味しているんだろうか。ボクが思うには、CDや音楽配信、携帯電話ダウンロード音楽など、デジタル化する音楽の真意は、人類が過去に創造した音楽すべての遺産をアーカイブ=データベース構築化する動きのひとつの表れととらえている。いまやそうした音楽は、音楽ではなく、すべてがいずれ"記録にとどめるミュージック・アーカイブ"なるデータベースに組み込まれるであろうデータのひとつに過ぎない。


pick up records

・FOCAS JAZZ/MORE MODERN JAZZ FROM THE WEKERKA ARCHIVE 1966-1969(SK108LP) プロデューサーのHans Wewerka協力の下、66年〜69年にかけての未発表音がJazzanovaによってコンパイルされたもの。
・ROMANIAN JAZZ/JAZZ FROM THE ELEC TRECORD ARCHIVE 1966-1978(SK132LP) ルーマニアのジャズ・レーベル「Electrecord」の音源を集めたもの。
・FORUM WEST/MODERN JAZZ FROM WEST GERMANY WEWERKA ARCHIVE 1962-1968 (SK019LP) ちょっと旧い2003年にリリースされたJOE HAIDER、WOLFGANG DAUNER、HANS KOLLER、ALBERT MANGELSDORFF の未発表録音盤。
・THIRD EYE/MACEDONIA(SK133) "FOCUS JAZZ"からの12インチ・シングル・カット。Aサイドにはイタリアのジャズ・コンボ"THIRD EYE"ことニコラ・コンテによるDUSKO GOYKOVIcHの名曲"MACEDONIA"のカバー、やはりニコラは流行に敏感でハードバップをリワーク。BサイドはJOE HAIDER、ERICH FERSTLのアブストラクト・ジャズ。


・DALINDEO/Open Scenes(RT013) ファイヴ・コーナーズ・クインテットのアルバムをリリースしていたフィンランドのRICKY TICK RECORDSからの新作。ブラジリアンやラテンなどの要素が多く、そのなかにMICHIKOという日本出身の女性シンガーが3曲歌っているのだが、KOOPやYUKIMI NAGANOの耽美な世界も彷佛させる。

2007年03月23日

Convert a melodic element into a rhythmic element

ノスタルジアという記号は、21世紀の、この時代の音楽にとって大きなキーワードであるのには違いないが、ジャズを聴くにしても、ボクはできるだけこの居心地のいい甘酸っぱい世界だけにとどまらず、それらの前にかならずre=新たに、し直す、し替える、反、否定という意味を持つ記号を加え、あらたに再構築したものを投げ返すように努めている。この2、3年追い続けてきたnu jazzが昇華したものとして、いまは50年代ハードバップをなんとか新しいクラブジャズに再生しようと目論んでいて、決してジャズをノスタルジアで聴いているのではない。とは言ってもノスタルジアを毛嫌いしているわけではないが、"ジャズ的なるもの"という記号を具体的に下ろしていこうとすると、そこには、やはりどうしても、このノスタルジアという記号は避けて通れないのかも知れないジレンマもある。


さて、歌もののレコードは、普段あまり聴かないのだけれど、ベルナール・ビュフェのリトグラフがジャケットに使われたエラ・フィッツジェラルドの"ELLA FITZGERALD SINGS THE GEORGE AND IRA GERSHWIN SONG BOOK"のVol.4(VERVE MG V-4027)、vol.5(VERVE MG V-4028) の2枚を、中古レコードショップで見つけ1万円ちょっとで購入した。不幸な生涯を生きたエラが、"S Wanderful"や、"I Got Rhythm"などの曲で有名なジョージ・アンド・アイラ・ガーシュイン兄弟の20年代-30年代に作曲された歌を唄うというアルバム・コンセプトにもひかれたのだが、それ以上に第二次世界大戦の荒廃した時代を具現化し、"時代の証人画家"と賞賛され、鋭角的なフォルムと強靱な描線、モノトーンに近い色彩による独自の画風を築き上げたと言われるビュフェの絵に、より興味を持ったというほうが妥当だろう。

このアルバムでのビュフェの2枚のリトグラフは、単に安い三流ホテルの玄関と部屋のなかに置かれたベッドだけをモチーフにしたシンプルなものだが、素描のような荒っぽいタッチによって描かれた絵から現代に通じる"ジャズ的なる"音が聴こえている。この絵の持つ暗く陰鬱で寒々しい空気は、アルバムでのエラ・フィッツジェラルドの歌をよりドラマチックで物語性あるものに仕立て上げている。
またアルバムに針を落として、それ以上にネルソン・ドリル(ROUTE 66などのテレヴィ・テーマ、フランク・シナトラの曲アレンジで有名)のアレンジの巧妙さに感動した。50年代や60年代は、クラシックやジャズの音楽理論を踏まえた彼のようなアレンジャーが多くいたが、歌ものの音楽には、なによりもアレンジャーの力が大だというのを再認識させられた。先日なにげなくTVをみていたら椎名林檎の新しい楽曲が流れていたのだが、彼女の歌の全編に流れている正に"ジャズ的なるもの"というべき斉藤ネコのずば抜けたアレンジの才能には驚いた。JPOPもここまで来ているんだなあ、侮れないなと唖然とさせられた。彼のアレンジを聴いているうちに、なぜかあの三文オペラのベルトルト・ブレヒト/クルト・ワイルの"罪を犯さず正直に生きろと説教たれても おまんま食えなきゃ聞く耳持たねえ 清く正しく生きようと 精いっぱいもがいてみても 道徳の前にはまずメシだ 貧乏人には世間の分け前は回ってこねえ 生きるために必要なのは どんなに苦しみもがいても人間だってことをすっかり忘れちまうことさ 自分にだけは正直に生きろ、罪を犯さなきゃ生きられねえ"というマック・ザ・ナイフの一節を思い出した。斉藤ネコは、椎名林檎というヴォーカリストを一幕のジャズオペラ、戯曲のなかの主人公に仕立て、退廃的な世界をシアトリカルに演じさせていた。
jaz' room"nu things"でも自作の歌を唄うヴォーカリストのステージが多くあり、彼女たちの歌を聴いていて、いつも思うことだけれど、歌をやるなら、やはり彼のような音楽スキルと時代を読み取る鋭い感性を兼ね備えたアレンジャーを味方につけることの必要性を感じる。いまはもう、ただのアコギ一本の弾き語りで、歌を唄う時代ではない。それは、ジャズであれクラシックであれ、ジャンルを問わず、いまこそ音楽はなによりも有能なアレンジャーを必要としているのではないかと感じている。

2007年03月25日

Decorate,decorate

正確に言えば、nu jazzの起源はTHE FIVE CORNERS QUINTETの10インチシングル"TRADING EIGHT/BLUEPRINT"(RICKY-TICK RT001)が発売された2003年にある。その後、彼らは"THE DEVIL KIC KS/THREE CORNERS"(RT 002)、"CORNERSTONES EP"、"DIFFERENT COR NERS"(RT003)などのシングルを立続けに発表し、2005年にマーク・マーフィーをフィーチャリングしたアルバム"CHASIN' THE JAZZ GONE BY"という2枚組アルバムを発表するに至り、nu jazzというジャンルがはじめて確立されたと言えよう。RICKY^TICKからはその後、シングルJUKKA ESKOLA"BUTTERCUP/1974"(RT005)、TIMO LASSY"AFRICAN RUMBLE/HIGH AT NOON"(RT008)、DALINDEO"POSEIDON/SOLIFE R-LENTO"(RT004)と"GO AHEAD,FLOAT/VOODOO"(RT009)、コンピアルバム"ON THE SPOT/A PEEK AT THE 1960'S NOR DIC JAZZ SCENE"(RT011)などの作品をリリースしている。また2006年にはFREE AGENTレコードからJUKKA ESKOLA"TIMBER UP/KULO"も発表されている。nu jazzを聴くならまずこのRICKY-TICK周辺をすべて押さえることだ。
その動きと共振するようにニコラ・コンテはイタリアのスケマ/ブルーノートから12インチシングル"KIND OFSUNSHINE/IMPULSO"(BLUE NOTE/SCHEM A SCEP382)とアルバム"OTHER DIRECTION VOL.1"(BLUE NOTE/S CHEM A SCLP386/1)、"OTHER DIRECTION VOL.2"(BLUE NOTE/SCEM A SCLP386/ /2)を2004年に発表し、nu jazzというジャンルがようやく人々に認識されたと言っていいだろう。nu jazzと称して多くの作品が発表されているが、これがnu jazzのメインストリームであり、現在までそんなに多くの作品が発表されているわけではない。

こうした流れのなかでニッポンから表出してきたのが、NATIVEである。(音楽のシンクロニズムは不思議な現象である。世界のどこかで新しい音楽表出があると、かならず世界のあちらこちらで同じ音楽が表出してくる)。彼らとはアルバム"SNOBBISM"(STRIDE/INPARTMAINT SRIP9017)発表後の2004年からのおつき合いで、その後毎月といっていいほどjaz' room nu thingsに出演してもらっているのだが、椎原寛基がメンバーだった頃のネイティヴの音楽は彼のギターと中村智由のソプラノサックス、フルートの絡みが絶妙で透明感のあるノスタルジックで甘いサウンドを奏でていて、捨て難いものだった。彼に変わって新たにメンバーになった杉丸太一のピアノ、キーボードはスピリチュアルなグルーヴを持っていて、NATIVEが彼の加入により、よりクラブジャズ寄りのユニットとして新生した意味は大きい。ドラムスの山下佳孝をはじめ彼らNATIVEのメンバー全員が本来ジャズ畑の人たちで、個々NATIVE以外でも精力的な活動をみせている。
つい最近ドイツのINFRACom!から発売されたニコラ・コンテによるリワークは、ベースの大久保健一が作曲した"PRUSSIAN BLUE"をイタリアのジャズミュージシャンによって、2006年10月にバリでレコーディングされたものだが、FABRIZIO BOSSOのトランペットとGAETANO PARTIPILOのソプラノサックスの2管によるテーマユニゾンが、音の厚みを増幅させ、これからのジャズダンス、ハードバップとして再生されていた。この曲はおそらくnu jazzの名曲として後世に残るだろう。それほど美しい曲だ。NATIVEにとっては、このニコラ・コンテのリワークによる"PRUSSIAN BLUE"が、2002年から始まり現在まで続けてきた音楽活動の、一つの決着、総括という意味で大きな転換期を迎えていることのあらわれだと思っている。NATIVEが世界的な大きな成功を収めるのも、もう間近かも知れない。

2007年03月28日

Do we need holes?

3つボタンのアイヴィのVANのスーツを着ることがオシャレだったモッズにイカれていた60年代の若い頃、ファブマブという言葉があった。モッズ友だちのことを指してそう呼びお互いの仲間意識を高めていた。名前は忘れてしまったが、東京の青山にあった地下の小さなサイケなアングラバー(いまではダサいけど、当時アングラという言葉はとてもカッコよかったんだ。)や、赤坂のムゲンというディスコなどで60年代のファンクやソウルをダンスミュージックに明け方までよく踊っていた。音楽にはTRIBALISMという同族意識があり、それは音楽を核にした人と人とのコミュニケーションのことを象徴していうのだが、ロックであれファンクであれ、60-70年代はディスコでもクラブでもライヴでも、音楽を中心に人が集まり、そのなかで同じ価値観/世界観を持つ人々が、トライバリズムという言葉で結ばれ、固く熱いコミュニケーションが確立されていた。ところでいまではクラブでの音楽は二次的な刺身のツマで、ただのストレス発散のパーティピープルのためのBGM的意味でしかない。過去の話は滅多にしないのだが、jaz'room"nu things"で第2、4週目の火曜日にファンク、ソウル、ジャズ、ラテンで躍るをコンセプトで展開しているHit the spot!の DJ Taizoの選曲するDJイングを聴いていると、どうしても当時の事を思い出してしまうので、ついこんな書き出しになってしまった。TAIZOがDJでやりたいことは痛いほど分かっているよ。でもDJがひとりでやれることは、正直に言うけどBORN TOO LATEだよ。いまが60年代ならキミのDJとしての野望と大きな夢は叶えられるだろう・・・。クラブミュージックが表出してきたサンプリング、リミックス、シミュレーションの記号が氾濫していた80年代の終わりや、90年代のガラージュやアシッドハウス、レイヴ、ブリープ、アブストラクトの頃までのDJの存在はミュージシャンから音楽を奪い取るほどカッコよかったし、DJも凄いやつが多く存在していた。でも、BORN TOO LATEだよ。だけど、TAIZOのやってるファビュラス・ヴァイブレーションズには多くの可能性がみえているし、期待してるよ!

そのDJ TAIZO率いるクルー、ファビュラス・ヴァイブレーションズ(FABULOUS VIBRATIONS)は、毎月第4週火曜にjaz' room nu thingsで、主に60年代後半から70年代にかけてのアメリカのブラックミュージック(ファンククラシック)を生演奏しているのだが、その曲にDJ TAIZOがDJとしての感覚をコンパイルしていて、現代に通じる音楽として見事にRE:FUNK、RE:SOULしている。このDJ TAIZOの戦略/方法はボクがHARD SWING BOPでやろうとしている古い50年代のジャズ、ハードバップに概念作用という手術を施し、新しい音楽として再生させようとしていることと変わらない。まだ誰も気付いていないけれど、NEW COMPILE(目的のもとに資料などを集め、新たなものに編集し作り上げる)やNEW CONCEPTION(新たな概念作用、構想、着想、創案)という先端のDJ的戦略は、この21世紀ならではの創造の新しい手法で、そのことを感受性豊かなTAIZOは感覚的に見抜いている。それには驚いた。ファビュラス・ヴァイブレーションズのメンバーはタニーマン(g)、フレッシュ(b)、ショウイチ(or)、ウメ(dr)、ヨーイチロー(tb)、ニーナ(ts)、ヒガシ(as)、COVO(tr)、タイゾー(mc)の9人編成で、メンバーの結束も固く、そろそろ彼らの活動がブレークスルー(break-through)する気配を感じる。それは回を重ねる度に女性のギャラリーが増えてきていて、いい空間を構築しているし、ダンスミュージックとしてなくてはならないエモーショナルな強いグルーヴも兼ね備えている。おそらくここから新しいなにかが始まるだろう。いや、もう始まっているんだ。

2007年03月30日

Cluster analysis

ジャズ。始まりは、性行為やセックスにつながるすべての事柄を指すアメリカの黒人の俗語だったジャズが、エリートな音楽であるはずがない。ジャズは都市に生きるものたちの若く力強い息吹きで溢れた人間的で俗っぽいものだった。ところが誰のせいなのか、いつの間にかなんだか鼻につくほどのエリート音楽に成り下がってしまっている。特にニッポンではまずバークリー卒業のジャズミュージシャンとくる。なにか取り違えているんじゃないの? そんな"どジャズ"に関わろうとは端から思っていないが、我々のいう"ジャズ的なるもの"とは、クラブジャズの先端での新たな概念作用をほどこした現在進行形のジャズである。

さて、この21世紀にも通じる本格的なハードバップのレコードを探しているなら、まずブルーノート・レコードから始めるのが妥当だろう。それもピアノトリオのようなものではなく、少なくともホーンが2管、3管編成の、トランペット、アルトサックス、テナーサックスや、バリトンサックスなどで構成されたレコードを探されるといいだろう。そしてハードバップでも、もう少しファンキーなものなら、そこにオルガンやギターがはいったものを選ばれるといいだろう。だけど、こうしたアルバムを買ったからといって、レコード1枚に収められた曲すべてが現在でも聴くに耐えうるものだと思ったら大きな間違いをおかすことになる。1枚のアルバムのなかでも、この時代に通用する感覚を持つハードバップと呼べる曲はせいぜい1曲か2曲だということ。だから1枚のレコードのなかに、HARD BOPと呼べる曲がすべて収録されているわけではない。ボクのDJイングしている"HARD SWING BOP"というイヴェント・コンセプトは、ブルーノートなら、300枚超のアルバムのなかから高速ハードバップだけを、4時間のなかでかけられるだろう50ほどの曲を予めチョイスして、そこから生まれるグルーヴを維持しながら延々とDJイングしていくのだが、そうすると、レコードに収録された本来のハードバップが、想定外の新しい世界=グルーヴをみせてくれる。これが本来のDJテクニックなんだ。単に古いブルーノートの名盤を買って、それを部屋でかけたからといって、"HARD SWING BOP"が聴けるというものではない。エディトリアルしコンパイルするDJの存在がそこで必要なんだ。


例えば、LEE MORGAN"THE GIGOLO"(BLP4212)では、Bの1曲目の"THE GIGOLO"、Aの2曲目"TRAPPED"、3曲目"SPEED BALL"などを、そしてテンションを上げる時にはART BLAKEY"MOANIN'"(BLP4003)の有名なMOANIN'や"BLUES MARCH"のような曲は避けBの1曲目の"THE DRUM THUNDER(MINIATURE)SUITE"のブレイキーの壮絶でエキサイティングなドラムソロを使うといったように、ただ単にレコードをかけているように思っているけど、DJって結構大変なんだよ。こうしたクラブジャズ的な動きから、ジャズに興味を持ったとしても、ブルーノートやジャズの歴史をひも解いても、なんにもならない。特にニッポンの場合は文学的に解釈したジャズの文献しかなく、植草甚一以外はつまらない間違ったロクな評論しか残していない。ついでだから、あと2枚を紹介すると、HANK MOBLEY"HI VOLTAGE"(BST84273)では、Aの"TWO AND ONE"、Bの"ADVANCE NOTICE"をハード・スウィング・バップ用に、現在のnu jazzでのニコラ・コンテなどのラテンに繋ぐ曲としてBの2曲目"BOSSA DE LUXE"を選曲し、JACKIE McLEAN"NEW SOIL"では、Aの2曲目"MINOR APPREHENSION"、Bの3曲目"DAVIS CUP"をハード・スウィング・バップ用に、といったように選曲して、曲順などを考えながらエディトリアルしていく。CDRのような録音器機を持っているなら、自分でこうして好きな曲をコンパイルしミキシングしていくと楽しいだろう。もう一度言うけどブルーノートのレコードを買っても、AB面すべてを聴く必要はないし、そんな時代ではないんだ。

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